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たった一人のファミコン少年タイトルGIF

ポケモンを作った男が語る“セガ版『テトリス』の素晴らしさ”の底深くに見える哲学について


<ゼビウス×ポケモン鼎談>

 『ゼビウス』作者で知られる遠藤雅伸さん、『ポケモン』の作者で知られる田尻智さん、そして『ポケモン』のイラストなど手がけた杉森建さんの鼎談記事が話題になっている。

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「ゼビウス」がなければ「ポケモン」は生まれなかった!?———遠藤雅伸、田尻智、杉森建がその魅力を鼎談。ゲームの歴史を紐解く連載シリーズ「ゲームの企画書」第一回 (電ファミニコゲーマー)


 ゲームフリークの田尻智さんがメディアに出て来ること自体が久々で、しかもこの面子で、アーケード時代の思い出話から現在のゲーム業界について、これでもかと語り合われたその内容は鼻血が出るレベル。僕も思わず読み込んでしまって今頃の更新となった。

 いったいどのサイトが仕掛けた企画なんだと思って発信元を見てみたら「電ファミニコゲーマー」。聞いたことない。公式サイトによると、ファミ通、電撃、niconico、4Gamerなどが協力して起ち上げたキュレーションメディアなんだってさ。

 そうそうたる大手メディアばかり……


 【キュレーション】


 IT用語としては、インターネット上の情報を収集しまとめること。または収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有すること。

コトバンク より 


 
 さて、記事を読んでみて、初期ゲーム業界はパソコン上がりのクリエイターと、アーケード上がりのクリエイターが対立してたって話も面白かったけど、僕が興味深いと思ったのはセガのアーケード版『テトリス』についての田尻さんの話である。

 さっそく【キュレーション】してみるよ!



<田尻智が語るセガ版『テトリス』の素晴らしさ>

 同席した一之瀬剛さん(ゲームフリーク所属)の証言によると以下引用。

 例えば、社長が以前、「ゲームで一番良いアイディアというのは、コストがかからないで面白くなるものだ」と教えてくれましたよね。


 社長とは田尻さんのことである。一之瀬さんはとあるアイデアの話を田尻さんにしたところ、3時間くらい怒られたという。その内容は以下のようなものだった。

 そのときに社長が出した例が、セガ版のアーケード版『テトリス』だったんです。『テトリス』は元々、上から落ちてきたブロックが下にくっついた瞬間に固定される仕様だったのを、セガはその設置にタイムラグを設けて、接地してからもしばらく左右に動かせるようにしました。



 なるほど、あれはセガの工夫だったのか。

 その簡単な仕様変更により、一気にテトリスのゲーム性は飛躍したんだ、と。良いアイディアというのは、こういう小さな工夫でゲーム性を一気に高めるものなんだ、と教えてくれたんですね。



 我々のような一般ゲーマーには、改めて考えてみないと気付かないような点を、プロのゲームクリエイターたちは見ているんだね。たいへん感銘を受けました。

 それと同時にこの考え方は「枯れた技術の水平思考」に通じるものがあるなあって思ったのだ。やたらコストがかかる最新技術ではなく、もうすでに広まっている技術から水平思考でアイデアを生み出すという考え方は元任天堂の横井軍平さんの哲学だった。

 田尻さんのいう“コスト”には観念的な意味も含まれているのではないかと思う。



<素晴らしいアイデアはありふれてなければならない>

 たとえば非常に恐縮ながら僕は昔、アングラなPCゲームをつくっていたクリエイターの端くれだった。そのとき痛感したのは、本当にオリジナリティあふれる素晴らしいアイデアというのはありふれていなければならないということだった。

 奇をてらったようなものなんか誰にでもできるのだ。一見、前衛的でぶっ飛んでいるようなものなんか誰にでもできるのだ。しかし本当に素晴らしいアイデアというのは、「それがあったか!」「やられた!」「こんな簡単なことかい!」みたいな、そこらへんにありふれていながら“今まで誰も見つけられなかったもの”だと僕は思うのである。

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 セガ版『テトリス』でいうならば、ステージを増やすとか、違うゲームとコラボするとか、コストがかかる方法なら誰にでも思いつくのだけど、当時のセガの開発スタッフはそんなことしなかった。彼らは『テトリス』がさらに面白くなる最大公約数を「ブロックが落ち切ったときの違和感」の中に見つけ出したのだ。そして「タイムラグを入れる」という素晴らしいアイデアにつなげたんじゃないかという話である……

 なんてことを考えながら記事を読み進めてたら、ふつうに、次は横井軍平さんの話題になってたよ!

 田尻氏:横井軍平さんは、僕の父親のような人でした。あの人は、ゲームフリークが任天堂でゲーム作るときの窓口だった方なんですよ。



 逆に恥ずかしい(笑)

 ちなみに田尻さんは毎晩毎晩、とりつかれたように『ドンキーコング』をやっていたことがあったそうだ。その理由は、故・横井軍平さんの「北米版の『ドンキーコング』は完璧に作れたんだ」という言葉の真意を確かめるためだったんだとか……

 ゲームに対してどこまでもひたむきなんだなあ。ゲーマーとしても鏡だと思いました。



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ファミコン発売当時の任天堂を救ったの大手玩具チェーン店とは?


 2月5日、新国立美術館「第19回文化庁メディア芸術祭」にて「テレビゲームの時代:世界へ羽ばたく日本のゲームとアニメーション」と題されたシンポジウムが開催され、講師にファミコンの生みの親である上村雅之氏と、マリオの公式イラストを手掛ける小田部羊一氏が登場した。

ファミコンの生みの親とスーパーマリオのデザイナーが登場! (GAME Watch)


 ファミコンは1983年に発売以来、いきなりブームになったような印象があるかもしれないが、上村氏が語ったところによると、当初は苦戦していたという。

 以下、記事より引用↓

 1983~84年までの間は、日本でもファミコン本体はまだ44万台しか売れていませんでした。また、アタリショックの後はMSXのようなパソコンの時代になると国内でも言われたりして、非常に苦戦を強いられていました。



 続けて、海外へ進出した理由について以下のように語った。
 

 そこで、じゃあ海外にも売らなければしようがないだろうということで、1985年にNESを出すことにしました。ところが、最初は向こうの流通からはまったく相手にされず……



 × 国内でブームになる → その勢いで海外進出
 ○ 国内で苦戦する → 仕方なく海外進出

 どうやらこれが正解だったようです。しかしそんな苦戦中の任天堂のもとへ救いの手がさしのべられます。それは任天堂が1984年に発売したアーケードゲーム機「VSシステム」を評価してくれてたという米国の玩具チェーンストア「トイザらス」の担当者だったという。

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 ※トイザらス社公式サイト(英語)

 NESを実際に遊んでみて、『ウチでなら扱ってもいいよ』と言ってくれたので、11月頃にNESを投入することができたんです。『トイザらス』はまさに恩人ですよ(笑)



 任天堂とトイザらスの知られざる関係。大変興味深いお話でした。ぜんぜん関係ないけど「トイザらス」って一発変換できるのね……



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[ 2016/02/09 23:27 ] 任天堂 | コメント(2)
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ホビー通販「駿河屋」、秋葉原店を4月にオープン! 他


<ニュース>
ファミコンの生みの親とスーパーマリオのデザイナーが登場!(GAME Watch)
 貴重な話が盛りだくさん


<秋葉原>
ホビー通販「駿河屋」、秋葉原店を4月にオープン! 中央通りと裏通りの2店舗体制 (アキバ総研)
 清水エスパルスとスポンサー契約してたんだね。


<NES>
超楽しそう!360度スクリーンに囲まれて、スクロールするファミコンゲームを代わりばんこに遊べるシステム「Unfolding The 8-Bit Era」 (そうさめも)
 やることがぶっとんでる。


<ファッション>
ブロックで柄をカスタマイズできるキャップがキュートすぎる (GIZMODE)
 ファッションレベルが高い!


<イベント>
東京都・中野で「ドット絵」を制作する14名の作家の企画展を開催 (マイナビニュース)


<ゲームボーイ>



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スーパーファミコンのカセットが“半分だけ”変色する謎


 スーパーファミコンのカセットが裏側だけ黄色く変色する問題について、Yahoo!知恵袋での回答の流れが面白いという情報を頂きました。ありがとうございます。


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 ※サムネイル画像クリックでリンク先へ

 プラスティック製品が黄ばむという問題は遙か昔から存在します。しかしスーファミカセットに限っては、なぜか半分だけ変色してしまうんですね。同じ製品なのになぜ部分的に違いが生じてしまうでしょうか。
 以下、同記事から要約して引用させていただきます。


・基盤、チップ、電池などが裏側に集中しているため
 熱を持ちやすいのが原因だ。

・↑は嘘。
 箱内のプラスチックケースとの接触による化学反応説が有力だよ。

・↑は嘘。
 プラケースとの接触が原因ならツメ部分も黄ばむはず。

・裏側だけ日光に当ててれば日焼けくらいはするだろ。

・↑日焼けではない。裏側と表側の材質が違うことが原因だ。

・↑材質は違いません。原因は熱です。

・↑なぜみんな単一的に考える? 熱、材質、日焼け、全てが原因。

・↑の複合説が正しい気がする。



 ここで落ち着くと思いきや、新たなる問題が……


・スーファミはカセットだけでなく、本体も変色するぞ。
 しかも症状はバラバラ。

supakfmmikhnsohu03.jpg


 さらに、こんな証言も……


・別の素材が使われているように見えるが、
 カセットの内側では外側と逆の変化をするらしい。
 成型時の条件によるものでは?



 謎が謎を呼んでいます(笑)


 なお、このような疑問は以前から各所で何度がされていました。興味ある人は以下参照ください。

スーファミ(SFC)のカセット裏の黄ばみについて (知恵袋)
黄ばみじゃなく変色の話題 (8bit~32bitくらいのあいだのげぇむ)


 情報提供者:ぼくちゃん


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[ 2016/02/09 10:18 ] SFC・64 | コメント(9)
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“懐かしい”という感情の正体について 再考


 レトロ雑貨、玩具、ゲーム、しばしば懐古趣味と呼ばれるひとたちは、なぜ懐かしいものを集めたがるのか。なぜ部屋中びっしりと懐かしいもので埋めたがるのか。その答えは“懐かしい”という感情の本質にあるのではないか……という話。

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 ※このエントリーは過去に掲載した記事を大幅に修正し、加筆したものですので、内容に多少重複した部分があることをご了承ください。 (写真はオロチのファミコン部屋の一角)


<“懐かしい”を説明するのは難しい>

 ひとは思い出の風景や物に触れたとき「うわ、懐かしいなあ」って思うことがあります。そもそも“懐かしい”ってどんな感情なんでしょうか。Web辞書で引くと「昔にもどったようで楽しい」とありました。
 でも英語で“懐かしい”に相当する「Nostalgic」という言葉には、物悲しい、切ないというニュアンスのほうが強く含まれています。17世紀のヨーロッパでは、過去へ思いをはせて感傷的になる状態を「nostalgia」と言って、ホームシックのような病気の一種と考えていたそうですよ。
 
 一体どっちなんだって話なんですけど、そんなことはどっちでもいいんですよ。なぜなら僕が知りたいのは「昔を思い出すとなぜ懐かしいのか」であって、WhatじゃなくてWhyなんです。そもそも“懐かしい”という感情は楽しいとも悲しいとも違うから“懐かしい”のです。でも、そんなこと言ったら他の感情も同じように説明が難しいのでしょうか。ところがそんなことないんですよね……



<“うれしい”や“悲しい”が説明しやすい理由>

 たとえば宝くじに当たったらなぜうれしいのか考えてみると、でかい家に住めるから、かっこいい服が買えるから、美味しいものを食えるからって、色んな説明ができると思うんですよ。仕事をクビになったらなぜ悲しいのか。収入がないと生きていけないからですよね。
 おそらく、うれしいとか悲しいとかいう感情は、動物としての本能に直結しているから説明しやすいのだと思います。

 うれしい=生存率が上がる
 悲しい=生存率が下がる

 という具合です。その場合、日頃から生存率を意識してるか。なんてのは関係ないんです。それは遺伝子レベルで受け継がれている人間の本能ですからね。我々はほぼ無自覚的に生存率が上がりそうな出来事をうれしいと感じ、生存率が下がりそうな出来事を悲しいと感じているはずなんです。

 一方、“懐かしい”という感情はどうでしょう。ひとは思い出の風景や物に触れたとき、なぜ懐かしいと感じるのでしょうか。そこにも必ず本能に直結するくらいの理由があるはずなんですが、簡単には思い浮かびません。



<人間は生まれながらにして死に向かっている>

 その答えは意外なところからもたらされました。何年か前、知人A、Bと飲みに行ったとき、知人Aが酔っぱらって「生きること=死に向かうこと」という持論を展開し始めたのです。彼が言うには、人間は生まれながらにして死に向かっているのだそうだ。たしかに死は誰にでもやってくる。それは紛れもない事実であり、言い換えると「人間は生まれながらにして死に向かっている」ってことなんですよね。

 もしかすると我々は生きているのではなく、みんな、死んでいる途中なのかもしれないなあなんて冗談っぽく考えていると、ずっと黙っていた知人Bが「人間が死に向かっているなら過去へ近づくことは“死を遠ざける”ってことじゃないの」と言ったのです。

 僕はその言葉に酔いがさめたんですね。人間は実際に過去へ行けることはない。しかし思いをはせることはできるじゃないか。そう思った瞬間、僕の頭の中でパチーンと音がしたのです。


 つまり過去を“懐かしい”と思う感情の正体は……

 死への恐怖を忘れさせてくれる という安心感か!


 本能に直結する理由がやっと見つかったんです。当然その場合は、実際に死を意識しているか。毎日死のことを考えて暮らしているか。なんてのはまったく関係ありません。なぜなら本人が意識しようがしまいが、人間は生まれながらにして死に向かっているからです。
 したがってそのような現象(死を忘れることによる安心感の獲得)は無意識レベルで本能的に、ほぼ無自覚で行われているはずで、それを指して日本人は“懐かしい”と表現したのだと考えられます。

 もちろん、年齢も関係ありません。理論的には5才の子どもが赤ちゃんの頃を懐かしんでも良いわけです。※1



<嫌な過去/希望の未来>

 でも嫌な過去を思い出したら安心感など生まれないのでは?

 前回、このようなコメントを頂きましたが、そもそも嫌な過去は“懐かしい”とは思わないはずです。なぜなら嫌な過去とは、疎外されていたとか、貧しかったとか、理由は何にせよ生存率が下がっている(=悲しい)状態だったと考えられるからです。それは今よりも死に近づいていた過去なんです。そんな過去を思い出しても“懐かしい”という感情にはなりませんよね。

 じゃあ、未来に希望を持って生きている人間は不安しかないのか?

 僕はこれは逆だと思うんですよね。我々は生まれながらにして死に向かっているが故に、希望を持って生きなきゃいけないんです。だからみんな夢だの希望だの恥ずかしげもなく語るんですよ。あれは哲学でもなけりゃ、迎合でもない。そうやって生きてたほうが生存率が高いってだけの話で、非常にプリミティブな思考傾向なんだと思います。
 おそらく明るい未来に向かってバリバリ生きているひとってのは、死が近づいているという本能的な不安を打ち消すだけの夢や希望を持っているのでしょう。それは素直に素晴らしいことだと思います。

 じゃあ逆に、懐古趣味のひとたち(僕を含め)は未来に希望を抱いてないのでしょうか。そんなわけありませんよね。過去へ思いをはせることと、未来へ希望を抱くことは、二律背反するものではありません。人間はどっちもできるんです!


 人生の長旅って疲れるじゃないですか。だから僕たちは“懐かしい”ものたちに囲まれて、ちょっと一息ついているだけなんですよ。きっと……


 ※1 ただし懐かしいという感情が発生するにはある程度のスパンは必要だし、そもそも幼い子どもは記憶や感情の機能が未発達なので、そのようなことが起こらない可能性は高い。
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