なぜ任天堂の宮本茂さんは海外メディアばかり出るのか


 任天堂の宮本さんって海外メディアにしか出ませんよね。試しにGoogeニュースで「宮本茂」を検索したところ以下のような結果になりました。 

宮本茂が語る『スーパーマリオ オデッセイ』への思い(2017/01/14)
どうやってマリオがデザインされたのかを任天堂の宮本茂が語る(2017/01/12)
マリオの生みの親、宮本茂インタヴュー:ゲーム制作の真髄(2016/12/21)
宮本茂さんがザ・ルーツと『スーパーマリオブラザーズ』演奏(2016/12/07)
マリオの生みの親・宮本茂氏が「スーパーマリオ64」について語る(2016/09/25)


 ぜ~んぶ、ソースは海外メディアですよ。


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 たまたま、『スーパーマリオラン』や『スイッチ』のプロモーションで海外に行ってた時期だったかもしれませんが、だったら過去、宮本さんが日本のテレビ番組に出演して楽器演奏したりしてたかって思うと、何一つ心当たりがありません。なんならテレビ出演したところを見たことない。



<犬神家の一族に出演していたという噂はガセ>

 オリコンTV出演情報によると宮本茂氏が過去にテレビに出演した回数は5回のみでしたが……

BSコンシェルジュ 「松本人志 大文化祭」
2011-10-31 NHK 10:05~10:50

NNNドキュメント’05 「ゲームの中の戦争~あなたは人を殺せますか?」
2005-09-18 日本テレビ系列 24:25~25:20

俺たちの旅 第35話
2002-03-18 テレビ東京系列 10:00~10:54

俺たちの旅 第34話
2002-03-15 テレビ東京系列 10:00~10:54

俺たちの旅 第29話
2002-03-07 テレビ東京系列 10:00~10:54



 「俺たちの旅」ってのはドラマで、たしかに出演者に「宮本茂」ってあるんですけど、同姓同名の俳優っぽいです。

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 さらに「作品」ってところをクリックすると犬神家の一族が出てきます。宮本さんが任天堂入社前に警察官役で出演したって都市伝説もあるけど、これも同姓同名に俳優っぽい。2002年以前は知らないですが、とにかく極端に日本のメディアに出演してないことがわかりました。

 なぜ、宮本さんは海外のメディアばかり出演するのでしょうか。正直言って理由はわかるんですよ。

 だって海外市場のほうが大きいわけですよね。任天堂さんは慈善事業でゲーム機つくってるわけではないので、ビジネス戦略として当然の選択をしてるわけだ。それに、宮本茂氏は日本では知る人ぞ知るゲーム界のカリスマですけど、海外では普通に有名人だったりします。2012年にはスペインから勲章もらってるし。

 でも、それにしても日本のメディアに出なさすぎですよね。ゲームクリエイターって元々あまり表には出て来ませんけど、宮本さんは、海外のメディアにはこうやってちょくちょく出演してるわけだし、ニコニコチャンネルとか、自社のプロモーション動画もいいけどさ、もっと我々に近い形でさ、見てみたいなって気持ちがあるわけです。



<任天堂は日本のマスコミが嫌い(追記)>

 コメント受けて追記します。
 いつからかは知りませんが任天堂は昔からガードが固い企業ですよね。日本のマスコミが出鱈目ばっかり書くから嫌になって、海外メディア重視になったと言われています。

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 ※3年前にはこんなこともありました。サムネイル画像:週刊文春web

 でもそれって、任天堂とマスコミの問題であって我々、消費者には関係ないじゃないですか。

 にも関わらず、任天堂が海外メディア重視になり、それがまかり通ってる背景には、かつて業界に君臨していた絶対王者だったからってのもありますけど、我々が「それを良しとしてきたから」ってこともあると思うんです。

 海外メディア、かっこいいじゃん。
 日本のマスコミなんてクソだし、別にいいじゃん。
 みたいな……



<かつて「美女=パツキンのチャンネー」だった>

 最近ではそうでもないけど、たとえばビジュアル系バンドのPVに出てくる女は、たいてい外人でした。単に見てくれの問題というか、非日常感の演出とか、バンドのイメージに合うだとか、いろいろ理由はあったんでしょうけど、あとファン対策ね。メンバーが日本人モデルと絡んでると、ファンがその子に嫉妬して炎上させちゃうみたいな。
 浜崎あゆみのPVも外人だらけでしたけど、彼女の場合、結婚までしちゃいましたからね。あそこまでいったら本物ですよ。やっぱり、その根底にあるのは「純粋な憧れ」なんですよね。

 戦後焼野原になった日本が、なんとか世界に追いつくぞって頑張って、当時の日本より1歩も2歩も先に進んでいた海外の技術だとか文化だとかに憧れて、復興してきたって歴史があるわけじゃないですか。

 で、80年代にバブルになって、美女と言えば「パツキンのチャンネー」とか言って調子に乗ってた時代もあったわけです。叶姉妹が若い外人の男たちをはべらせているのと同じ文脈ですよ。あれは彼女たちが外人好きなんじゃなくて、我々のような、叶姉妹というキャラクターを享受する側が「ゴージャスな女の彼氏は外人」っていう記号的なイメージを抱いていて、それに寄せてるだけだと僕は考えます。

 つまり、多くの日本人の中には、いまだに「美女=パツキンのチャンネー」みたいな公式が成り立っているわけです。

 たとえばこんなCM憶えてますか?



 1989年のセシールのCMですよ。
 なんだこの白人コンプレックス丸出しのCMは!(笑)
 まあ、こういう時代だったんですよね。最後のセシール♪ キノケサソンソンソノケサナモン(わからん)っての、みんなで真似しましたよね。フランス語だそうですよ。

 そして2017年現在も、日本の大企業のキャッチコピーはのきなみ横文字ですよ。

 キャノン make it possible with canon
 ホンダ The Power of Dreams
 トヨタ Drive your dreams
 日立 Inspire the Next



 よくCM流れてますよね。俺たちは世界企業なんだっていう意気込みは感じますけど、英語がわからないと何言ってるかわからないじゃないですか。

 内容がわからないキャッチコピーって意味あります?



<もっと俺たちの方を向いてくれ!>

 ちょっと話が逸れちゃいましたけど、つまり、任天堂の海外メディア重視は、少なからず日本人の心に残っている「海外コンプレックス」みたいな感情に甘んじてる部分があると思うんですよ。

 その証拠に、誰も疑問に思ってないわけじゃないですか。むしろ宮本さんは海外メディアばかり出てて、他のクリエイターとは違うなあとか、かっこいいなあって、みんな思ってるわけじゃないですか。いやいや、そろそろ気づこうぜと。もっと俺たちのほうに向いてくれよって。日本のメディアにもバンバン出てくれよって。もっと言いましょうよ。

 純粋に悔しいじゃないですか。なんで、いつも大事な発言や、興味深いインタビュー記事はわけのわからん海外メディアなんですか。僕たちは結局、それを勝手に翻訳したニュースサイトとか読んでるわけですよね。アホらしいと思いませんか。


 海外市場が大事?そんなことはわかってます。でも今はインターネットだ。グローバルだ言われてる時代でしょ。日本から発信じゃダメなんでしょうかね……

「Retro Receiver」で夢の無線ファミコンに挑戦。予想外の展開に!?


 スーパーファミコンを無線化できる夢のアイテム「8BITDO RetroReceiver FOR SFC」が発売中ですけども、実はそれに先駆けて昨年、ファミコン版が発売されておりました。

 僕もさっそくゲットしてたんですよ。

8Bitdo Retro Receiver(NES Version) 北米版ファミコン本体でワイヤレスコントローラーが使える [CXD1408] [並行輸入品]8BITDO RetroReceiver FOR SFC 【スーパーファミコン 、 レトロフリーク 用】
 ※ ←ファミコン(NES)版と、スーファミ版→

 僕が(正確に言えばサンタさんが)Wii U PRO コントローラを購入した最大の理由はハッキリ言ってこれです。こんなことがない限り、こんな高いコントローラを子どもに買い与えたりしません(笑)

 これからは、子どものコントローラを拝借して、夢の無線ファミコン生活ですわ!

 Wii U PRO コントローラー (kuro)Wii U PRO コントローラー (shiro)

 ということで、物もそろったし、仕事も落ち着いてきたので、さっそく試してみることにしました。まずはパッケージの表と裏です。

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 本体と、ケーブルと、厚紙が入ってるだけのシンプルな内容でした。
 
 中身を取り出すと↓こんな感じです。
 無駄のない洗練されたデザインですね。NEWファミコンに装着してもまったく違和感がありません。

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 Wii U PRO コントローラについては、そのままじゃ使用できないので「こちらの記事」を参考に、手順を進めました。

 対応コントローラを増やすためには、こいつをPCにつないでファームアップする必要があり、その際はペアリングボタンを押し続けてLEDを緑色に点滅させる必要があるとのことです。

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 とにかくやってみよう。付属ケーブルをUSBコネクタ部分へ差し込む。ちょっと硬い気がしたけど何とか差し込んだ。まあ海外製品だし、これくらいのことは大したことじゃない。しかし、いざPCにつないでも、ウンともスンとも言わない。

 接触不良かな?

 そう思って、何度かケーブルを抜き差ししていたら……



 ポロッ



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 なんと、USBコネクタ部分が内部へ落ち込んでしまったのだ! 

 ネジが見当たらないので開けることもできず、去年買ったやつなので返品・交換も望めません。何より買ったのは例の店だし……

 ということで皆さん。
 USBコネクタ部分には気を付けましょうネ!

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 僕はおとなしくSETAのワイヤレスコントローラでも使ってますわ(^^)

スーパーマリオの左右論(4) その他諸説について


●『パックランド』お手本説 

 『スーパーマリオブラザーズ』は『パックランド』(1984年/ナムコ)をお手本にしてつくられたと言われている。その際『パックランド』の進行方向が→だったためマリオもそうなったのではないかと主張するのがこの説である。

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 そもそも「マリオがパックランドをお手本にした」という話はどこから出てきたのであろうか。出典はおそらく飯野 賢治著「スーパーヒットゲーム学」での作者・宮本氏の発言であろう。

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 ※内容は飯野氏がインタビューをするという形式でまとめられている。
 
 この本の中で宮本氏は飯野氏の「スーパーマリオの登場は突然だった」という指摘に、まっさきに『パックランド』の名前を挙げている。そして以下のように語った。

 東京に行ったときに『パックランド』が置いてあって、ナムコがジャンプゲームに手を出してくるのかと、それなら俺がやってやろうじゃないかと。それがきっかけ。(中略)
 詳しい人は『パックランド』の真似をしましたみたいに言う人もいるけれども、『パックランド』とは全然違うゲームなんですよ。でも、ナムコがあれをやってきたから、僕のマリオは動き出したというのはありますね。


 この発言を聞く限り、『パックランド』は『スーパーマリオブラザーズ』誕生のきっかけにはなったようだが、本人が「全然違う」と言っているように手本にしたわけではなさそうである。

 そもそも『パックランド』の操作パネルはボタンが3つで、移動ボタンを連射することで速くなるという独特のシステムだったため、ファミコン版ではBボタンが←、Aボタンが→への移動で、十字キーがジャンプという珍しい操作体系を採用していた(IIコンでは普通に操作できた)。つまり両者はゲームの肝である操作性からして、まったく違う着想点からスタートしているのだ。




●地球の公転説 

 少々ぶっ飛ぶが、マリオの左右論に地球の公転などマクロな自然現象を持ち出す声もある。しかし地球の自転が→方向と誰が決めたのか。前章「オズマ問題」の段でも述べたとおり、極めてミクロな世界でしか、自然界に左右の概念は存在しない。

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 人間が「上下がある」と思っている理由は、重力が↓向きだからである。しかし地球は丸いので反対側では逆になる。したがって宇宙から見れば日本人にとっての上は、ブラジル人にとって下なのだ。「前後」については目がついてるほうが前という、さらにあいまいな概念である。したがって本来、地球に「前」も「後」も存在しない。ただし、物体が動いているときは進行方向が前といえるので、太陽の周りをまわっている地球には、いちおう便宜的な「前」と「後」は存在する。しかしながら、それが「左」なのか「右」なのかについては、やはり観測地点によって変わってしまうのだ。

 同様にマクロな現象である自転や、台風・渦潮の向き、また回転運動つながりで、100m走や時計回りの向きなども、逆から見ると反対になるため根拠とはならないので注意が必要だ。




●進行方向が←のゲーム 

 第1章で「ほとんどのゲーム」は→方向だが、ごく一部で例外があると述べたが、その例外の代表格として必ず名前が挙がるのが『スカイキッド』(1986年/ナムコ)や『ボコスカウォーズ』(1983年/アスキー)である。

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 『スカイキッド』が←方向になった理由については、ファミコン通信220号「ゲーム・アカデミー」にて、当時のナムコCS開発部による見解が掲載されているので引用してみよう。

 左から右へ自機が進行するスクロールが多い理由はキャラクターマップデータの構造によると思われます。(中略)
 以前『スカイキッド』というゲームで自機を左方向に進ませるスクロールを採用したのは、縦書きの文章を読み慣れている日本人には、進行方向が右から左のほうが楽であると推測したからです。


 どうやらその根拠はプログラム座標説、および言語説だったようだ。ただし結局は、影響がなかったらしく「こだわる必要はない」と語っている。

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 ※シャープ「パソコンテレビx1」カタログより

 ボコスカウォーズについては初出が「X1」というパソコンであり、キーボードを見ると操作キーが右側についているため←になったのではないかと推測するが、2016年11月に開催された『ボコスカウォーズII』発売記念イベントにおいて作者のラショウ氏は、「あの頃は西へ西へという気分だったんでしょうね」と証言している。(出典

 コロンブス、あるいは西部開拓のイメージか。

 ←方向のゲームは他にも『バルーンファイト』のゲームC「バルーントリップ」、それを元にした『ハロー キティ ワールド』、『影の伝説』などが挙げられるが、中には『スパルタンX』など、内容的には両スクロールであるゲームも多く、厳密に言うと「←方向のゲームは極めて少ない存在である。




●ゲーミフィケーション的解釈 

 マリオが左から始まる理由は「→に進め」という説明になるからと解釈するのがゲーミフィケーションという概念である。その特徴は、本質的な理由ではなく、あくまでも機能的・実践的な理由を追及しているところであろう。

ゲーミフィケーション ―<ゲーム>がビジネスを変えるゲームにすればうまくいく ―<ゲーミフィケーション>9つのフレームワーク

 初めてマリオの1-1をプレイしたとき、最初にクリボーがやってくる。当たってミスになる。次はジャンプで避ける。するとブロックに頭が当たってキノコが出てくる。何だあれはと思っているとキノコは→へ消えてしまう。しかしその先の土管に跳ね返って←へ戻ってくる。強制的にキノコを取る。大きくなる。パワーアップアイテムだと知る。というように、1-1というステージはすべてがチュートリアルになっているという。

 この概念は社会生活やビジネスにも応用されている。



 以上。
 他に説があったら教えてください。


●私的メモ:西洋と東洋の左右論 

 日本は左上位の国である。この概念は中国が唐(618年-907年)の時代に伝わったと言われている。当時、中国では陰陽思想に基づき「天子南面す」といって太陽が昇る東、すなわち左(←)が上位とされたのだった。したがって属性も左が陽、右が陰とされている。ちなみに唐よりずっと前の漢(紀元前206年-)の時代はまったく逆だったという。中国は王朝が変わるたびにどちらかになったようだ。

 ともかく日本の左上位の概念は、中国から導入され今日まで続くことになる。右大臣よりも左大臣のほうが身分が高く、和服も、ふすまも、左側を前にするのが作法(ただしこれは自分から見た場合であり、他者から見た場合は「右前」となる)である。7世紀ごろに編纂された日本の正史書『古事記』によるとアマテラスはイザナギの左目から生まれたとされる。
 しかしながら「右に出る」、「右腕」など「右」の字が入った単語にはポジティブなものが多いのに対して、「左遷」など、「左」の字が入った単語にはネガティブなものが多い。これは、それらが中国の漢の時代の概念から生まれた言葉だからと言われている。(だから漢字というのだ)
 また、左右の話題で必ずと言って言いほど挙がる「雛飾り」も最初は左上位だったが、大正時代に国際作法にしたがって右上位になった(詳細は割愛)。要するに日本はゴチャゴチャなのだ。

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 ※Google画像検索より

 一方、西洋は右上位である。古代キリスト教では左手は悪魔が宿るされた。イスラム教では「左手は不浄」とされている。英語で右「Right」には「正しい」という意味があるが、左「Left」の語源は「弱い」「価値がない」という古英語である。この概念は、主要国首脳会議(偉いほうが右に並ぶ)や、オリンピックの表彰台(1位から見て2位が右、3位が左)などにも反映されており、現在、日本の皇室もそれに倣っている。雛飾りが右上位になったのはこのためである。

 


●参考文献・参照サイト一覧 

<参考文献>
・横井軍平ゲーム館(1997年/アスキー/横井軍平 牧野武文)
・ファミコン通信1993年3月5日号「NO.220」(1993年/アスキー)
・スーパーヒットゲーム学(1998年/扶桑社/飯野賢治)
・図解雑学「左と右の科学」(2001年/ナツメ社/富永裕久)
 他

<参照サイト>
物語の進行方向について(2008年3月27日/島国大和のド畜生)
ゲームの右と左 マリオはなぜ右を向いているのか(2008年3月28日/最終防衛ライン3)
ゲームの進行方向の話(2008年3月31日/島国大和のド畜生)
落ちるアクシズ、右から見るか?左から見るか?(2011年8月28日/HIGHLAND VIEW )
映画が抱えるお約束事(2012年1月9日/(中二のための)映画の見方)

 他

 

<スーパーマリオの左右論シリーズ>

(1) インターフェイス由来説
(2) 言語・科学的プローチ 
(3) 物語としてのロジック 
(4) その他諸説について

スーパーマリオの左右論(3) 物語としてのロジック


 なぜ『スーパーマリオ』は左から右へ進むのか。第3回目は「物語としてのロジック」について考察してみたい。

●舞台の下手上手説 

 これはスーパーマリオの世界を舞台に見立てた説である。演劇などが行われる舞台は客席から見て左(←)が下手(しもて)、右(→)が上手(かみて)であり、それぞれ「下」、「上」という漢字があてられていることからもわかる通り、そこには上下の概念が存在する。

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 たとえば式典行事の場合、司会者や主催者側の人間は下手側(←)に位置し、ゲストや来賓などのお偉いさんは上手側(→)に座っていることが多い。吉本新喜劇の場合、下手側(←)に必ず玄関があり、上手側(→)が建物の奥、つまり上座となる。したがって主人公は必ず上手側(→)から登場し、旅立つときは下手側(←)へ向かうので、物語の進行方向はマリオと逆の←となる。

 この点について、「クッパはマリオよりも強力な敵なので→に位置する」とか「マリオはピーチ姫より身分が低いので←に位置する」とか、想像力豊かな解釈がされているが、「何とでも言える」がこの説の長所でもあり短所でもあるのだろう。

 


●漫画・アニメの進行方向についての考察 

 なぜ舞台の進行方向は←なのか。その理由について、ガンダムの監督・富野由悠季氏はその著書『映像の原則』の中で「人間の心臓が左に位置するため」という独自の理論を展開しているが、正直、意味不明である。
 
映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

 おそらく漫画でイメージした方がわかりやすい。日本の漫画はセリフが縦書きになっているため、コマ割りもその法則に従っており、進行方向が←となる。したがって漫画と関係の深いアニメの世界も進行方向は←となる。

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 のび太は家を出てると必ず←へ向かう。カツオも家を出てると必ず←へ向かう。帰り道の描写は必ず→の方向である。物語自体の進行方向と整合性を取るためだ。これが物語のロジックというやつである。

 もし、ただの偶然だと思うならば、今すぐGoogleで「宇宙戦艦ヤマト」を画像検索してみてほしい。

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 ご覧のように、設定資料のような画像以外、見事にすべての戦艦が←向きである。同作品は、地球を救うため宇宙の彼方の星「イスカンダル」へ向かうという物語だ。漫画のロジックに従えば、進行方向は←であるため、目的地も←に設定されている。したがって宇宙戦艦も常に←向きなのである。

 


●顔や動物を描くと←向きになってしまう謎 

 少々夢のない話をしよう。漫画・アニメの進行方向が←である理由が、もうひとつあるとすれば、それは“制作側の事情”ってやつだ。

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 たとえば漫画家の間で半ば常識化している経験則がある。それは「右顔のほうが歪みやすい」という現象だ。その理由は左顔のほうが右手で、鼻やあごのラインが描きやすいためだと考えられている。ここでもまた、第1章で述べた「体は内向きの動きが得意の法則」が成り立つ。(この法則、意外とキーポイントかもしれない)

 どうしてもイメージしにくいなら人気番組「アメトーク」に登場する絵心ない芸人が描いた動物の絵を思い出してもらいたい。

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 ※引用:アメトーーク! 絵心ない芸人Tシャツ 【ブルー・S】

 彼らの描く動物は見事に全員←を向いているのだ。プロの漫画家だろうがズブの素人だろうが事情は変わらないのである。おそらくこの動物たちは←の方向へ進むであろう。したがって物語の進行方向も自ずと←となるのである。

 以上をふまえて、ファミコン版『スーパーマリオブラザーズ』のパッケージイラストに目を向けると、マリオは実際のゲームの進行方向とは逆の←向きである。これも、おそらく←向きのほうが描きやすいのが原因であろう。ただし、ピーチ姫が捕えられているクッパ城は→に位置するため、ゲームの進行方向とは整合性がとれているように思える。

スーパーマリオブラザーズ

 このパッケージイラストについては、社長が訊く小田部羊一さんと『うごくメモ帳』編において、作者の宮本氏が以下のように語っていた。

宮本:
『スーパーマリオブラザーズ』を出すときにプロのマンガ家や著名イラストレーターにお願いするようなことも考えたんですけど時間切れになってしまったので、自分でパッケージイラストの原画を描くことにしたんです。


 なるほど。時間がなかったのか……





●西洋映画における進行方向についての考察 

 ただし話はここで終わらない。近年の日本映画(アニメを含む)や西洋映画の物語の進行は→が主流になっており、冨野氏の主張とは真逆になっていると指摘する声もあるのだ。

 そもそも映画の始まり無声映画である。音声が無いため、画面にはしばしば英語の字幕が表示されたという。英語は→方向へ読むため、観客の視線の動きも→となる。したがって物語の進行方向もそれにあわせて→となったのだ。

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 映画のスクリーンには「常に→向きの風が吹いている」とイメージしてみよう。たとえば登場人物が→向きのときは追い風であり、ポジティブな行動や心理を表している。逆に、登場人物が←向きのときは向かい風であり、ネガティブな行動や心理を表している。進行方向が→ということは当然、映画にとっての目的地(フィナーレ)も→側に設定される。したがって主人公の行く手を阻む敵(障害物)は←向きで現れる。

 マリオの場合、アイテムを取り逃して←方向へ戻ってるときのネガティブ感ときたら尋常じゃないものがあるだろう。

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 実際に、有名どころの映画をいくつかピックアップしてみよう。あの『タイタニック』(1997年)の有名なシーンは→向きだ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』(1985年)のタイトルロゴ「BACK←」は過去を表し、「FUTURE→」は未来を表している。『E.T.』(1982年)の有名な月のシーンも→に向かって飛んでる。

 このような概念は前章でも紹介した「脳は→向きを好む説」にも通じるものがあるのかもしれない。

 ただし、すべての西洋映画がこの物語のロジックに従っているわけではなさそうだ。ひとつだけ確実なことが言えるとしたら、←にせよ→にせよ、世界中のあらゆる物語は「方向性を意識してつくられている」ということだ。したがって『スーパーマリオ』の方向性にも必ず意図があるはずである。
 いや、明確な意図はなくとも「源流」のようなものは、きっとあるはずだ。




●神武東征説と後半に氷ステージが多い理由 

 日本人がつくった『スーパーマリオブラザーズ』の物語の方向性を、日本人の心の源流に求める行為は不毛だろうか。私は日本神話「神武東征」を重ね合わせてみようと思うのだ。

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 ご存じのとおり「神武東征」は、神武天皇が古代日本を征圧していく際に、東を目指したというお話である。ステージをクリアしたときクッパの城に自らの旗を立てている行為からもわかる通り、スーパーマリオも征服の物語と解釈できる。しかも進行方向→が一致しているのだ。もちろん、それはあくまでも北を上にした地図上の話ではあるが『スーパーマリオブラザーズ』自体が後世の作品であるため、とくに支障はないと考える。

 時代は下るが、平安時代に坂上田村麻呂が東北地方へ侵攻した歴史は、授業でも教わった。このように日本人は基本的に、南から北を目指したという歴史がある。日本人の心を歌う「演歌(※)」に「北」というワードが多いのもそのためだ。

 ※演歌は比較的新しい音楽ジャンルだが、北志向なのには変わりない。

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 『マリオ3』をはじめ、後半に「氷のステージ」が登場するゲームは多い。その理由もこの日本人のDNAに刻まれた「北志向」に求めることができる。日本人にとって「北国=最終局面の象徴」なのだ。

 日本列島は少し傾いているため「東=北志向」ともいえる。この太古の記憶が、マリオを→へ向かわせたのではあるまいか。

 ※もっと古い話をすると、東北地方に住みついていた先住民アソベ族と、ツボケ族との闘争から始まる長い長い歴史があるのだが(このあたり、私オロチの大好物である)、本当に誰もついてこれなくなるので涙を呑んで割愛しよう。

 

 いよいよ次回は最終回、その他諸説について語りたいと思う。

<スーパーマリオの左右論シリーズ>

(1) インターフェイス由来説
(2) 言語・科学的プローチ 
(3) 物語としてのロジック 
(4) その他諸説について

スーパーマリオの左右論(2) 言語・科学的プローチ


 なぜ『スーパーマリオ』は左から右へ進むのか。第2回目は「言語・科学的プローチ」をぶった切っていくよ!

●プログラム座標説

 ファミコンのコントローラは1Pが左、2Pが右になっている。これはメガドライブもPCエンジン(マルチタップ)も同じだった。さらに言えば、一時代を築いた格闘ゲーム『スト2』の1Pも左側、なんならアーケードゲームの元祖的存在である『PONG』(1972年/ATARI)の1Pも左側である。
 なぜ若い数字は左側なのだろうか。その理由はおそらく“プログラムの座標”である。

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 たとえば当時、プログラマーが画面にキャラクターや背景などを配置するときはプログラム上で座標を指定していた。座標軸は下図のように左側が若い数字だったのだ。つまりプログラム的には常に左側が出発点だったため、マリオも左側が出発点になるのは、ごく自然な成り行きだったと言える。したがって、コントローラも左側を1Pとしたのだろう。

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 ファミコンの画面は256×240ドットであり、左上が(x=0, y=0)となる。X軸は右にいくほど大きくなり、Y軸は下に行くほど大きくなる。したがって「マリオが前へ進む=数字が大きくなる」と考えたほうが感覚的にもプログラミングしやすいのだ。
 要するにマリオが右へ進むのは、作り手側の事情によるものだと主張するのが、この説の最大の特徴である。しかし前述のとおり、Y軸に関しては逆になっているため(ジャンプするとマイナスになる)、若干の疑問は残る。




●逆転するA・Bボタンの謎

 少々話が逸れるが、左側が若い数字なら、ファミコンのボタンも左側が「A」なのか。調べてみたら、なんと違っていたのだ。

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 思い起こせばコナミコマンド「上上下下左右左右BA」は、なぜ最後だけ「BA」なのか、ずっと疑問に思っていた。日本語には「上下」「左右」なんて言葉があるように、上下と左右は何となく順番通りなのに、なぜBAだけ逆なのだろう。おかげで最後のボタン順だけ、いつも記憶があいまいだった。しかしその理由は単純だったのだ。ファミコンのコントローラが左から「B」「A」なので、コナミコマンドも「BA」なのである。(これが本当のBestAnswerだ)

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 このB・A配列は後続のGB、SFCなど任天堂ゲーム機にも受け継がれ、その影響を受けた国内の他ハードにも採用されていった。

 なぜファミコンのABボタンには「左側が若い数字の法則」が適用されなかったのであろうか。その背景について、ゲーム&ウオッチ時代に「右側のボタンのほうが押されやすかった」という経験が活かされたからという話がある。

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 そこで任天堂は右側を主要ボタンに定め「A」と名付けた。ここでもまた「体は内向きの動きが得意」の法則が成り立つ。Aボタンのほうが一見、外側だが、ボタンを押す行為自体は、手が内向きに動くので、右手に近い方のAが主要ボタンとなったのだ。

 しかしメガドライブの場合、左から「1」「2」「3」であった。こちらはちゃんと「左側が若い数字の法則」を守っている。これはゲーム&ウオッチの成功から独自の理論でコントローラをデザインした任天堂と、あくまでも伝統的な考えに基づいたSEGAとの違いであろう。海外のハードであるXBOXも左が「A」、「右」がBである。
 その影響なのか、プレイステーションの◯×ボタンについて、日本では◯が決定ボタンなのに対し、海外では×が決定ボタンとなっており、しばしば混乱を招いている。この原因については「海外では正解に対してレ点でチェックを入れる習慣があるため×が決定となったのではないか」とも言われている。

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 ついでに、主要な歴代ハードのボタンの位置関係についてまとめておく。なおファミコン以前のハードに関しては、表記がないか、ただ単に位置で「L」「R」となっているものが多かった。またMSXに関してはメーカーによってバラバラであった。




●言語由来説と視線の動き

 そもそもの話。プログラムの座標が→方向なのは、英語が左から右の横書きだからである。コンピュータ自体が英語圏の発明品であり、プログラム言語がそれに従っているのは当然だ。したがってマリオを始めとする多くのゲームが、その流れに沿っているのも当然なのである。

 また、この方向であれば視線の動きも→となり、ゲーム中に現れる「1000」などの数字や、「1UP」などの文字が違和感なく読める(先頭の文字から見える)というところも大きな理由であろう。

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 上図のように視線の動きとマリオの方向が一致していると文字が認識しやすい。

 しかしながらそれは極めて西洋的な考え方なのかもしれない。我が日本語の場合、縦書きのときの視線の方向は←である。それは古来、日本では中国に倣い、木簡に一行ずつ文字を書いたためだと言われている。そして、横書きのときも戦前・戦中までは←だった。皆さんは以下のような古い看板を目にしたことはないだろうか。

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 これは古い任天堂の看板である。「堂天任内山」と右から読みになっていることがわかるだろう。ただし、このような表記は横書きではなく1文字ずつの縦書きだとされることもある。しかし事実上、横書きであることには変わりなく、あまり意味のある指摘だとは思えない。
 正真正銘の←方向文字としては、アラビア語やヘブライ語が有名だ。これらの文字が←方向になった理由は石板に文字を彫る際に、のみを左手で持ちハンマーを右手に持ったからだと言われている。(=体は内向きの動きが得意の法則)

 したがって、この説が正しい場合、もしコンピュータがアラビアの発明品だったなら、マリオは←方向へ進んでいたということになるのではないだろうか。




●脳の好み説 

 言語と脳には密接な関係がある。2015年、アメリカの心理学者がスーパーマリオの進行方向について興味深い説を発表した。被写体が動いている写真や絵画をGoogleで検索し、何千枚と分析した結果、ほとんどの作品が→の向きなのを突き止めたという。その結果から人間の脳は、動いている物に関して→方向を好む傾向がある可能性が示されたのだ。
 出典:Why Super Mario runs from left to right(LancasterUniversity)

 そのような方向性は文字にも見られる。たとえば強調や注意喚起などを表すイタリック体(≠斜体)は→へ傾いているが、これは英語など→へ読む文字だけでなく、アラビア語やヘブライ語など←へ読む文字の場合でも同じなのだという。

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 ※アラビアといえばこの2本!

 なるほど。でも、それってマリオと関係あるの?
 残念ながら私オロチの翻訳が下手なのか、よくわからなかった。ただマリオって言いたかっただけなのかもしれない。




●脳科学的アプローチ 

 マリオの進行方向と人間の脳の関係については、社長が訊く『NHK紅白クイズ合戦』にて元NHKアナウンサーの鈴木健二さんと、故・岩田元社長が以下のようなやりとりを交わしていたのが印象深い。

NHK紅白クイズ合戦

鈴木
いや、人間の大脳生理はですね、まず、自分から向かって左のものを先に見るんです。それから右のほうを見るようになっているんです。歌舞伎の花道は必ず左側にあります。あれ、右側にあったら、歌舞伎を裏から見てるようでちっとも面白くないんですね。それに、ロマン派から印象派までの絵を見たら、画面の向かって左側に動きの元があるんです。右は必ず止まっているんです。

岩田
じゃあ、『マリオ』も理にかなっているんですね(笑)。


 このような脳科学的アプローチは一見、説得力があり彼のようなインテリ層にはウケが良いかもしれないが、いかんせん話が飛躍しすぎるきらいがある。

 なぜならこのインタビューにおいて鈴木氏は「右からマリオが出てきたら半分の人はできない」とまで断言しているが、前述のファミコン通信「ゲーム・アカデミー」の検証によると、ゲームに慣れている人間ほど←方向へ進むゲームにやりにくさを感じた一方で、まったくゲームをやったことない人間は→方向でも、←方向でもプレイ内容に差が見られなかったという結果が出ているのだ。

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 ※検証には毛利名人、千葉麗子、一般OLの方が参加した

 したがって私は今から非常につまらないこと言わなければならない。つまりそれは単なる慣れの問題である。


 

●オズマ問題・CP対称性・アミノ酸 

 飛躍ついでに。左右を論じるうえで避けて通れないオズマ問題を紹介しておこう。これは「左右という概念のない宇宙人に左右の概念を理解させることができるか」という思考実験であり、長い間、不可能とされてきた。しかし近年になって冷やしたコバルト60によってCP対称性の破れがどうのこうので解決したらしいのだ。しかし、私オロチにはそれを説明できる知識が足りない。
 したがって、自然界には左右の概念があったとだけ理解しておけば良いだろう。

 そして生物はDNAとタンパク質の複合体であり、タンパク質を形成するアミノ酸は分子構造上、L(左)型とD(右)型に分けることができ、人間が必要とするアミノ酸は、なぜかL型に限っているという話だ。しかもそれは人間だけではなく、地球上のすべての生物(一部例外あり)に共通することなのである。したがってタンパク質は必ず右螺旋になり、DNAも右螺旋となる。

 これが何を意味するのかというと、生物には左右に関して何らかの偏りがあるということで理解しておこう。

 以上の点からもマリオの左右論については、さらなる科学的なアプローチが期待される。あとは専門家に任せて、我々はファミコンでもやりながら朗報を待つのみである。



 次回はマリオ左右論の「物語としてのロジック」について紹介したい。

<スーパーマリオの左右論シリーズ>

(1) インターフェイス由来説
(2) 言語・科学的プローチ 
(3) 物語としてのロジック 
(4) その他諸説について

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