CASIOのゲーム電卓がまさかの復活!! 「SL-880」3月23日発売!!


 なんと、あの、カシオのゲーム電卓が復活する模様。

1980年代に一世を風靡したゲーム電卓が復活(CASIO公式サイト)
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 カシオ計算機は、実用性に優れた電卓機能と、迫りくる侵略者をビーム砲で迎え撃つシューティングゲームを一体化した『ゲーム電卓 SL-880』を、3月23日に発売します。


 いやあ、これは予想できませんでした。

 今回ご案内の『ゲーム電卓 SL-880』は、数字が見やすい特大表示や税計算機能など現代の電卓に相応しい実用性を備えながら、当社が1980年に発売したゲーム電卓「MG-880」で好評を博した、電卓の数字表示をそのまま使ったシューティングゲームを搭載。シンプルの極みでありながらも奥の深いゲーム内容は、懐かしく感じる世代からゲーム電卓の未体験世代まで、幅広い層に楽しんでいただけます。


 ゾクゾクしますねえ。
 僕は残念ながら持ってないのですが、興味は人一倍ありました。

 関連記事:CASIO「ゲーム電卓」の軌跡 ~電卓とゲームの数奇な世界~

 過去にはこんな記事もアップしています。


 主な仕様は以下引用。

液晶表示:負記号(-)、エラー(E)、計算状態表示、3桁位取り表示、定数(K)、メモリー(M)、税計算表示(税込/税抜)、ゲーム音表示
計算機能:加減乗除計算、税計算、パーセント計算、定数計算、平方根、概数計算
計算桁数:置数10桁、和差積商メモリー10桁
メモリー:独立メモリー1組、税率用メモリー1組
ゲーム機能:数字合わせ形式のシューティングゲーム(ボーナス標的有り)
電源:TWO WAY POWER 太陽電池(内蔵)、リチウム電池(CR2016×1個)
電池寿命:CR2016 約4年(計算機能を1日1時間使用時) CR2016 約2年(ゲーム機能を音有りで1日30分使用時)
オートパワーオフ:約6分で自動電源OFF
大きさ:幅70×奥行き118.5×高さ8.5mm
質量:60g(電池込み) 


 amaチェックしたところ、お値段は 2,138円の送料別。発売は3月23日だそうです。気になるひとは要チェックだ!


カシオ 電卓 ゲーム電卓 手帳タイプ 10桁 SL-880-N
CASIO(カシオ) (2018-03-23)
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orotima-ku1.png即予約した!!

ホビーパソコン「RX-78 GUNDAM」がトラウマになってしまった話


 それは我が家にファミコンが来るずっと前のことでした。

 ある日、親父がワープロを買ってきました。それはよくある一体型のワープロじゃないくて、テレビにつなげるタイプでした。親父は何を思ったか、バンダイのホビーパソコン「RX-78 GUNDAM」とワープロソフトを買ってきたんです。

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 ※RX-78はファミコンと同じ1983年発売ですが、我が家にファミコンが来たのはもっとあとのことでした。画像は当時のCMより。


 しかしながら、そのワープロソフトを使っている親父の姿を見たことは1度もありませんでした。きっと使い勝手が悪かったんだと思います。

 ただし「RX-78 GUNDAM」にはいくつかゲームソフトもありました。うちにも何本かあったので、しばらくはゲーム用としてテレビにつながれていたのだと思います。どんなソフトがあったかはあまり憶えてません。カセットを変えるたびに、キーボードの上に専用のオーバーシートを敷いていたのは、よく憶えています。

 ゲーム内容で唯一、記憶に残っているのは戦闘機を操縦するやつです。落ちるギリギリで回避すると、地面がめりこむというバグなんのか仕様なのかわかりませんが、とにかくそれが面白くて仕方ありませんでした。

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 ※一番下の地面にあたるとミスになるので、けっこう難しい。

 おそらくこれが僕のテレビゲームの原体験になるのでしょう。小学1年生だった僕は学校から帰ると、本来のゲームの目的とはまったく関係のない、この行動を「地面にめりこむやつ」と呼んで延々と繰り返しやっていました。

 本当に、ただそれだけのことが、心の底から楽しかったのです。こうやって、30年後も憶えているくらい……

 わかるひといるかな(笑)



 ※当時のCM

 時は流れ、僕は大学生になっていました――

 ちょうどファミコンを集めだした頃で、とにかくお金がなかったので、売れるものは全部ヤフオク(無料から有料になったくらいの頃だったかな)で売っていました。さらに、その頃の僕はゴリゴリのファミコン至上主義者だったため、PCエンジンやMSXなど、ファミコンを集める過程で、たまたま手に入った他のレトロゲーム関連グッズを容赦なく売りさばいていました(笑)

 そんなある日、何か売れるものはないかと元自宅(当時、親父がやっていた会社の事務所)の2階の押し入れを物色していると、箱入りのこいつが出て来てしまったんです。

 おい、バカ、やめろ。

 もしタイムテレビでそのときの様子を見ることができたなら、僕はきっとモニター越しにそう叫んでいたでしょう。そのときの僕は「懐かしいなあ」という感情より先に目が¥マークになっていました。ただのゲス野郎です。
 さっそく、RX-78本体(箱・説)とソフト何本かセットを即決12,000円で出したら速攻で外人コレクターに落札されました……

ドラえもん ギガゾンビの逆襲

 数年後――
 ファミコン至上主義者を辞めた僕はRX-78を売ってしまったことを激しく後悔していました。それ以来、ヤフオクでこれを見かけても直視できませんでした。見た瞬間、ブラウザーを閉じることもあります。なぜならRX-78にどれくらいの市場価値があるのか知るのが怖かったから。一種のトラウマってやつですよ。不可解な行動ですけどトラウマってそういうもんじゃないですか。

 現に、僕がRX-78のことを話すのはこれが初めてなんじゃないでしょうか。このままじゃないけないって思ったんです。

 僕はこのトラウマを克服しようと決意しました。そのためには買い戻すことが一番なんでしょうけども。ひとまず今まで避け続けてきた落札結果を見てみることにしたのです。こちら。

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 ※(激レア美品)バンダイ RX-78 GUNDAM ガンダム パソコン/ゲームPC・ソフト・コントローラーセット(ヤフオク!)


 見なけりゃ良かった\(^o^)/



orotima-ku1.pngRX-78の話なのにガンダム(モビルスーツのほう)出て来なくてごめんネ!



パソコン RX-78 GUNDAM CM(Youtube)

正直、脚付きテレビとファミコンの組み合わせってレアだったよね……


 気になる記事がありました……



 日本で白黒テレビが普及し始めたのは1950年代で、カラーテレビの普及は1964年の東京オリンピック以降でした。
 古いカタログなどを見ると、たしかにその頃のテレビのデザインは脚付きが多かったようだけど、1970年代に入ると脚の長さがどんどん短くなっていき(胴が長くなったとも言える)、1980年代に入ると脚付きテレビ自体、ほぼ姿を消しています。

 そしてファミコンの発売が1983年(昭和58年)。

 というわけで、話題になってる画像のような脚が長いタイプのテレビは、ファミコン発売当時でも、よっぽど物持ちのいい家にくらいしかなかったはずで、僕の実体験としても、自宅や、ともだちの家、おばあちゃんの家ですら、このような脚の長いタイプのテレビは見たことありませんでした。
 したがって、この組み合わせが「感動の再会」と表現されていることに違和感ありまくりなんですよね。

懐かしくて新しい昭和レトロ家電―増田健一コレクションの世界続・懐かしくて新しい昭和レトロ家電―増田コレクションカタログ編

 文中では「どこからどう見ても昭和な光景」って言ってるけど、この記者さんはどこでこんなレアな光景を見たんでしょう(笑) もちろん、まったく無かったとは思いませんが、この記事みたいに「この組み合わせが昭和のスタンダードだ」みたいな書き方されると、1mmもピンと来ない自分がいます。

 ※さらに言うと、記事では「脚付きブラウン管テレビ」と紹介されていますが、ツイート主さんによると、このテレビの中身は液晶だそうです。

「ファミコンは昭和の玩具ではありません」という話(2015/07/03)

 こちらの記事でも書いたのですが、意外とみんな知らないのかな。ファミコンが現役だったのは1983年~1994年で、昭和が平成になったのが1989年1月なんですよ。

 つまり、ファミコン時代の50%は平成だったんです!

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 ※こちらはオロチ所有の1980年製HITACHI「KidoColor C14-420」当時はこんな感じのテレビでしたね。なんなら、これでもちょっと古いくらいかな。


 そう考えると、この「感動の再会」ってワード、ぜんぜんハマってないじゃないですか。たしかに1990年11月にスーファミが発売されると、時代はとたんにスーファミ一色になってしまうので、平成時代のファミコンのイメージが薄いってこともあるかもしれません。(最後2年間にいたってはぜんぜんソフト出てなかったし)

 でも、昭和を63年間とすると、ファミコンが稼働してた期間は最後のわずか6年間であり、その割合はたったの9%。

 それでいてファミコンはこのように、世間からは「昭和の象徴的存在」みたいに思われてるわけだから、いかに日本人にとって印象深い玩具だったかが、わかるってものです。

 ちなみに、情報元であるツイート主さんは、そんなことわかった上で、レトロなものを組み合わせて楽しんでいらっしゃるといった感じで、感動の再開だの、昭和の光景だの、一言もいってませんでした。ですよね……


日本ホーロー看板広告大図鑑―サミゾチカラ・コレクションの世界懐かしのホーロー看板―広告から見える明治・大正・昭和


 そういえば以前、日本有数のホーロー看板コレクター某氏とお会いした時、こんなこと言ってました。

 昭和時代を題材にした映画を見てると、画面に写り込んだホーロー看板の年代が間違ってることが多くて、気になって仕方ない。



 わかるなあ(笑)

 あれ、この看板、この時代にはまだ無かったはず。みたいなやつを見つけちゃったら、もう気になっちゃって仕方なくなっちゃうアレですね。べつに、こっちは好きで気になってるわけじゃないんです。無意識レベルで違和感が飛び込んで来るっていうか、素直に楽しみたいだけなのに、ついつい気になっちゃうんですよね。

 果たして気になるほうが悪いのか。気にさせるほうが悪いのか……



参照サイト:テレビ今昔物語 パナソニック テレビと家電の歴史 他

幻のPC版『スーパーマリオブラザーズ3』の動画が公開される!!


 マリオ3にPC版なんてあったっけ?



 実はこの動画、1990年に米国のとある人物が開発。任天堂に「PC移植版を出さないか」と打診したが断られたという。仕方ないのでこの『マリオ3』のスクロール技術などを応用して『Commander Keen』というオリジナルゲームを作ったら大ヒットしちゃったとのこと。

 学習とは模倣である。とはよく言ったものだが、まさに『スーパーマリオ3』の偉大さを改めて思い知らされたエピソードではないだろうか。

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 動画はあくまでもデモということで自由に空を飛べる設定になっているらしい。まあ、なんていうか、PC版が幻に終わったことは、お互いにとって良かったんじゃないかなって思った。

 ちなみにその人物は、のちに「DOOM」シリーズなどで有名なid Software社を立ち上げ成功を収めています。


情報元:John Romero Shares Super Mario Bros. 3 Demo for PC




捨てられていた初代アップルコンピュータに2500万円の値がつく


Woman tosses $200,000 Apple 1 computer into recycling (cnet)
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 こちらの記事によると、アメリカはシリコンバレーにあるリサイクル施設が、とある女性を血眼になって探しているとのこと。その理由はどうしてもその女性に10万ドルを渡したいからだという。

 リサイクル施設の従業員が、廃品の中から初代アップルコンピュータを発見し、個人コレクターに20万ドル(日本円にして約2500万円)で売却した。それは1か月ほど前に、とある女性が「亡くなった夫のガレージを掃除した」と言って持ってきた廃棄品の中の1つだったことが判明。そこで、会社の方針で彼女に10万ドルを渡すことが決定したのだ。

 ただし、彼女は連絡先を残していなかった……




 初代アップルコンピュータ「Apple 1」は1976年、スティーブ・ジョブズ氏とスティーブ・ウォズニアック氏がつくったデスクトップパソコンで、製造台数は200台。そのうち現存するものは数十台ほどで、まともに動くものはほとんどないと思われます。

 2年前に同じものがオークションに出たときは、およそ38万ドル(4700万円)の値がついたそうです。



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法林 岳之 石川 温 白根 雅彦 できるシリーズ編集部

インプレス 2015-05-22
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