ついに我がサイトがキーワード「ファミコン」で1位獲得!
苦節10年!? ついに我がサイトがyahoo!の検索キーワード「ファミコン」にて1位を取る快挙を成し遂げた。一時的なことかもしれないけど、素直に嬉しい。思えば(記憶があいまいだけど)僕がファミコンサイトを開設したのが1997年。当時はaskネットというプロバイダを利用していた。まだインターネットがそれほど普及してなかった頃だと思う。ファミコンブームも来るか来ないかのときだっただろうか。
開設して半年くらい経つと、皆様の激励のメールがたくさん届くようになった。当時は家のメールと兼用してたので、僕宛のメールはプリントアウトしてもらっていた。たいへん励みになった。いまだにファミコンを愛している人たちが全国にはたくさんいるんだなあって思ったよ。でもそれは僕が無知なだけだった。それからファミコンブームが来て、yahoo!カテゴリにも登録させてもらい、我がサイトを訪問してくださるお客様も飛躍的に増えた。
2年くらい経って、今のasahiネットにサイトを移転した。そんななか、ゲーム会社を設立して忙しくなったり、そうかと思えば、ネット環境がない(に等しい)場所にひっこしてぜんぜん更新できなかったりした時期もあった。それでもこのサイトだけは閉鎖しまいと、極貧生活のなか、つないでもいないプロバイダ料金を払い続けた。
ファミコンが20周年を向かえて、ふたたび正常なネット環境に戻ったときは1日の来場者が平均1000人を越えていた。最近はその頃よりは少なくなったものの、掲示板もふたたび賑わいを見せ始めている。ブログも始めた。
今僕は人生の大きな転機を迎えている。でもファミコンだけは永遠に僕の宝物だ。そして皆様に感謝。なんだか文章がまとまってないけど、プライベートが落ち着いたら、またバリバリ更新して行くぜ!
開設して半年くらい経つと、皆様の激励のメールがたくさん届くようになった。当時は家のメールと兼用してたので、僕宛のメールはプリントアウトしてもらっていた。たいへん励みになった。いまだにファミコンを愛している人たちが全国にはたくさんいるんだなあって思ったよ。でもそれは僕が無知なだけだった。それからファミコンブームが来て、yahoo!カテゴリにも登録させてもらい、我がサイトを訪問してくださるお客様も飛躍的に増えた。
2年くらい経って、今のasahiネットにサイトを移転した。そんななか、ゲーム会社を設立して忙しくなったり、そうかと思えば、ネット環境がない(に等しい)場所にひっこしてぜんぜん更新できなかったりした時期もあった。それでもこのサイトだけは閉鎖しまいと、極貧生活のなか、つないでもいないプロバイダ料金を払い続けた。
ファミコンが20周年を向かえて、ふたたび正常なネット環境に戻ったときは1日の来場者が平均1000人を越えていた。最近はその頃よりは少なくなったものの、掲示板もふたたび賑わいを見せ始めている。ブログも始めた。
今僕は人生の大きな転機を迎えている。でもファミコンだけは永遠に僕の宝物だ。そして皆様に感謝。なんだか文章がまとまってないけど、プライベートが落ち着いたら、またバリバリ更新して行くぜ!
高山はお宝の山!?
ちょっと前になるけど岐阜県は飛騨高山に一泊旅行に行ったのだ。ちなみに温泉宿に泊まったけど、温泉は工事中だった。それはともかく、いい町並みなのだ。古き良き田舎の街道って感じだ。
で、高山ラーメンを食べようと、商店街をふらふらしてたら、やたらにおもちゃ屋が目に付くではないか。昔ながらのいわゆる個人店ってやつだ。思い起こせば7、8年前、僕の田舎のおもちゃ屋は軒並みつぶれてしまって面影すら残っていない。でも高山はどうだ。まるで時代に取り残されたかのように、昭和のにおいをプンプンさせちゃって。
そして、そのうちの一軒のおもちゃ屋で出会ってしまったのだ。ファミコンである。大量の新品デッドストックだ。この懐かしい感覚。馬鹿みたいにおもちゃ屋めぐりしていた大学時代を思い出してしまったよ。もう嬉しくなっちゃって、ショーケースにかぶりついた。でも次の瞬間、僕は意気消沈してしまったのだ。なぜなら、そのすべてのソフトが完全に日に焼けていて真っ白けっけだったからである。
ガックリ。僕は否応なく現実にひきずり戻されてしまったような悲しい気分になった。そこに整然と並べられていたのは、夢がいっぱいつまった宝の山などではなく、単なる在庫の山だったのだ。
こいつらは20年以上も、いつか自分のことを大切にしてくれるご主人様が現れることを信じて、ショーケースの中で待っていた。でも結局、年月だけが過ぎ去って、真っ白になってしまったのである。ごめんよ。お前たち。僕はいたたまれなくなり店を後にした。
まあ、とにかく皆さんも高山に行った際は、是非おもちゃ屋に寄ってみてね。
で、高山ラーメンを食べようと、商店街をふらふらしてたら、やたらにおもちゃ屋が目に付くではないか。昔ながらのいわゆる個人店ってやつだ。思い起こせば7、8年前、僕の田舎のおもちゃ屋は軒並みつぶれてしまって面影すら残っていない。でも高山はどうだ。まるで時代に取り残されたかのように、昭和のにおいをプンプンさせちゃって。
そして、そのうちの一軒のおもちゃ屋で出会ってしまったのだ。ファミコンである。大量の新品デッドストックだ。この懐かしい感覚。馬鹿みたいにおもちゃ屋めぐりしていた大学時代を思い出してしまったよ。もう嬉しくなっちゃって、ショーケースにかぶりついた。でも次の瞬間、僕は意気消沈してしまったのだ。なぜなら、そのすべてのソフトが完全に日に焼けていて真っ白けっけだったからである。
ガックリ。僕は否応なく現実にひきずり戻されてしまったような悲しい気分になった。そこに整然と並べられていたのは、夢がいっぱいつまった宝の山などではなく、単なる在庫の山だったのだ。
こいつらは20年以上も、いつか自分のことを大切にしてくれるご主人様が現れることを信じて、ショーケースの中で待っていた。でも結局、年月だけが過ぎ去って、真っ白になってしまったのである。ごめんよ。お前たち。僕はいたたまれなくなり店を後にした。
まあ、とにかく皆さんも高山に行った際は、是非おもちゃ屋に寄ってみてね。
アスレチックワールドがWiiで復活!
1986年11月に発売されたファミコリートレーナー専用ゲーム「アスレチックワールド」を来年、Wiiで復活させるというバンダイナムコゲームス。どうせWiiリモコンとやらでチマチマやるだけのことだろうと思っていたら、専用マットも付属するそうで、長い間コナミにお株を奪われていた(ダンレボ専用マットとかね)バンダイの面目躍如といった感じなのだろうか。ファミコン周辺機器フリークの僕としては、これを皮切りにカラオケスタジオや、おえかキッズなどを、どさくさまぎれでも何でもいいから復活させてもらいと願っている。
シューティングウォッチ発売延期のお知らせ
なんかハドソンからはがきが届いた。読んでみると、7月26日に発売開始して即、完売となったハドソンの復刻版シュウォッチの発売が延期されるという内容だった。(右写真)
7月27日に注文して届くのが9月中旬ということで、長いなあと思っていたんだけど、さらに延期とはね。
品質向上がその理由だそうで、発送日については近日中に改めてご連絡させていただきますとのこと。品質もなにも連射を測定するだけのものじゃないのか。しかも初めてじゃないだろうに。
まあ、そんなこと言いつつも期待して待ってます。
ファミコンというキーワード
今日なにげなくyahoo!で「ファミコン」を検索したらビックリした。なんと我がサイトが3番目に出てきたのである。(ちなみに思い出ファミコンさんも1位に返り咲いてた)思えば3,4年前までは10位以内だったけど、ここ1、2年で順位がガタガタと落ち始め、最近では30位くらいが定位置だった。それどころかたまにまったく出てこないときがあって、顔面蒼白になったりしたものだ。
私事だけど、実は10月に結婚だ引越しだ何だで、さらに仕事も忙しくとうとうブログも一週間以上更新がない状態が続いてしまった。でもこれを期に、またコツコツがんばろうと思う。(これを書いてるうちに、順位が元通りってことがないことを祈る・・・)
私事だけど、実は10月に結婚だ引越しだ何だで、さらに仕事も忙しくとうとうブログも一週間以上更新がない状態が続いてしまった。でもこれを期に、またコツコツがんばろうと思う。(これを書いてるうちに、順位が元通りってことがないことを祈る・・・)
オロチのファミコン収集記 12
そもそも僕が秋葉原へ初めて行ったのは大学生のときで、1997,8年くらいだろうか。そのころ僕はJAZZ研究会なんていうお洒落なサークルに所属していた。なぜか部長が極度のキーボードマニアで「ヴィンテージ物は東京でしか修理できない」なんていう訳のわからない理由から、サークルの皆と東京に繰り出したとき、秋葉原に寄ったのが初だったと記憶している。
そのときの忘れもしない出来事といえば、あのプレミアソフトの代表格であるサマーカーニバル’92 烈火がなんと箱説1200円で売られていたことだ。まだプレ再評価時代みたいな時期だったので、どこの店も、何にどんだけの値をつけていいのか、よくわかってなかったのかもしれない。僕は小躍りしながら買って帰ったと言いたいところだけど、なんとほぼノーリアクション・・・
むしろ「これ持ってないけど、ちょっと高いな・・・」みたいな反応だった。アホか。買えっ!ああ、あのときに戻りたい。本当に僕は何も知らなかったのだ。(店もね)
そんな話ならいくらでもあるんだけど、もう1つ忘れられないのは百の世界の物語。これもまたプレミアソフトの代表格で、僕が10代の大学生だったときの話。ファミコン集めを意識し始めたころだったかな。
すごいマイナーな地元のゲーム屋に箱説300円くらいで置かれていたこいつをみつけたのだが、他にも同じようなファミコン後期の作品が30本くらい売られていて、あくまでもその1つに過ぎなかったって感じだった。で、とにかく持ってないソフトを買おうってなったのだ。しかしそこは貧乏学生。全部買って帰るという荒業はできないので、5本くらいをピックアップした。残念ながらその中には、百の世界の物語は含まれなかったが、まあ最初だから大目に見てやって下さい。
数日後、僕はまたその店に足を運び、5本くらい選んだ。そのとき、百の世界の物語をその5本に入れようか一瞬迷ったのだ。時間にしておよそ0.5秒。
「これ、持ってないけど、よく見かける気がするし、今回はやめとうこう・・・」って、アホか!そのあとお前は、こいつをショーケースの中でよく見かけることになるんだってば!頼む。買ってくれ!
そして数週間後、その価値を知った僕が慌てて店に戻ったときには既に遅し。百の世界・・・だけが見事に姿を消していたのだ。おそらくその価値を知る第三者が、鼻の穴を広げながら買い去っていったに違いない。うーん、くやしい!
結局それぞれ僕は数万円をはたいて、数年後に購入することになるのだが、その悔しさたるや筆舌に尽くしがたい。いずれにしてもこの2本は僕にとって、もっとも因縁深いソフトであることは間違いない・・・
そんなこんなで僕は21世紀を向かえ、とあるパラダイスを発見するのだった。
そのときの忘れもしない出来事といえば、あのプレミアソフトの代表格であるサマーカーニバル’92 烈火がなんと箱説1200円で売られていたことだ。まだプレ再評価時代みたいな時期だったので、どこの店も、何にどんだけの値をつけていいのか、よくわかってなかったのかもしれない。僕は小躍りしながら買って帰ったと言いたいところだけど、なんとほぼノーリアクション・・・
むしろ「これ持ってないけど、ちょっと高いな・・・」みたいな反応だった。アホか。買えっ!ああ、あのときに戻りたい。本当に僕は何も知らなかったのだ。(店もね)
そんな話ならいくらでもあるんだけど、もう1つ忘れられないのは百の世界の物語。これもまたプレミアソフトの代表格で、僕が10代の大学生だったときの話。ファミコン集めを意識し始めたころだったかな。
すごいマイナーな地元のゲーム屋に箱説300円くらいで置かれていたこいつをみつけたのだが、他にも同じようなファミコン後期の作品が30本くらい売られていて、あくまでもその1つに過ぎなかったって感じだった。で、とにかく持ってないソフトを買おうってなったのだ。しかしそこは貧乏学生。全部買って帰るという荒業はできないので、5本くらいをピックアップした。残念ながらその中には、百の世界の物語は含まれなかったが、まあ最初だから大目に見てやって下さい。
数日後、僕はまたその店に足を運び、5本くらい選んだ。そのとき、百の世界の物語をその5本に入れようか一瞬迷ったのだ。時間にしておよそ0.5秒。
「これ、持ってないけど、よく見かける気がするし、今回はやめとうこう・・・」って、アホか!そのあとお前は、こいつをショーケースの中でよく見かけることになるんだってば!頼む。買ってくれ!
そして数週間後、その価値を知った僕が慌てて店に戻ったときには既に遅し。百の世界・・・だけが見事に姿を消していたのだ。おそらくその価値を知る第三者が、鼻の穴を広げながら買い去っていったに違いない。うーん、くやしい!
結局それぞれ僕は数万円をはたいて、数年後に購入することになるのだが、その悔しさたるや筆舌に尽くしがたい。いずれにしてもこの2本は僕にとって、もっとも因縁深いソフトであることは間違いない・・・
そんなこんなで僕は21世紀を向かえ、とあるパラダイスを発見するのだった。






