「ミニスーファミ」も今年いっぱいで一旦終了か!? 米メディアが報道 他


<注目>
「ミニスーファミ」も今年いっぱいで一旦終了か!? 米メディアが報道
 海外ゲームメディアKotakuが報じたところによると、「SNES Classic」について任天堂は同メディアの質問に対し、以下のように答えたという。

snesclassic01.jpg

・「SNES Classic」は「NES Classic」よりも大幅に増産する。
・今年いっぱいまで出荷する。来年以降のことは発表できない。
・「SNES Classic」はクラシックコンテンツへ大きな関心を
 寄せてくれているファンへ向けての商品。
・長期的にはSwitchや3DSに力を注いでいく。

 ※Link: Nintendo Announces SNES Classic, Which Comes With 21 Stellar Games [UPDATE]

 ということは日本の「ミニスーファミ」も今年いっぱいなんですかね。前回も日本と海外では、同じ動きしてましたから可能性は高いですよ。

 そして注目すべきは今回の「SNES Classic」にていて、クラシックコンテンツへ大きな関心を寄せてくれているファンへ向けての商品と言っているところです。これはつまりいわゆるライト層ではなく、レトロゲームファンへの「今までありがとう。これからもよろしく」的なサービス商品だと言ってるんじゃないでしょうか。その証拠が未発売SFCソフト「スターフォックス2」の存在です。ライト層は未発売ゲームなど興味ないはずですから。

 そう考えると、やれ収録ソフトが、やれ値段が、コントローラがといろいろ言われてますけど、のきなみピントがずれてきますね。

 しかしそう言っといて何ですけど、やっぱり最大の焦点はちゃんと定価で買えるかですよ。それ以外のことはどうでもいいです。だいたい僕はまだスーファミデビューしてないんですからね!(そういうキャラじゃなくて本当にしてない)




<ミニスーファミ>
海外版ミニスーファミ「SNES Classic」にとんでもない高値をつける予約ページがeBayにすでに存在する
 任天堂も消費者も、前回ミニファミコンのときに十分、経験してるから、今回は皆、万全の態勢で臨むとは思われるが、それは転売屋(中古ゲーム屋)も同じ。定価で買いたい消費者と、それ以上で売りたい転売屋・ゲーム屋との戦いは前回以上の熾烈なものになるだろう。


ミニスーパーファミコンの発売から見る日本のゲーム業界の終焉・・・(リョウスケが米国株で億万長者を目指す)
 みんな待ってくれ。もしかしたら、これが一般の人のリアルな認識なのかもしれないぞ。逆にそういうひとたちにこそもっとゲームに関心を持ってもらうべきですね。


外国人「お知らせします。君たちはミニスーパーファミコンを買えません。その理由は・・・」(地球忘備録)
 ピラミッドはあの世への連絡船です。


<動画>
『ロックマン4』の没ボスキャラクターが発掘される!!
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 キャプチャ画面:The Gaming Adventures of Edward Semrad.(youtube)


 1991年の東京おもちゃショーにて海外ゲーム誌「Electronic Gaming Monthly」のスタッフがが撮影したものだそうです。


<レトロゲーム>
ジョン・ロメロが『DOOM II』のオリジナル版フロッピーを出品、3150ドル(約35万円)で落札(Automaton)



orotima-ku1.pngSFC新作ソフト「魔界狩人」に新しい動きがありましたが、諸事情により後日お伝えします!!

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幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語 (3/3)


<現存する「サウンドファンタジー」完成版>

 2010年8月――
 原宿VACANTにて「横井軍平展 -ゲームの神様と呼ばれた男-」が開催された。そこにはメディアアーティストとして表舞台から姿を消していた岩井敏雄(敬称略)の姿があった。トークショーの出演が目的だったことが、自身のブログに言及されている。※出典

 そこで彼は、かつて横井軍平(敬称略)とともに開発していた幻のSFCソフト『サウンドファンタジー』のパッケージや説明書などを披露。開発ROMを持参して実際にプレイして見せた。

 その様子がこちらである。




 この開発ROMが最終版と見て間違いないだろう。

 1999年に放送されたNHK『課外授業 ようこそ先輩』に出演したときも、彼はこの開発ROMを持ち込み、生徒たちに『サウンドファンタジー』を遊ばせているシーンが確認されている。

soundfantasy44.jpg
 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) サウンドファンタジーより 

  また、2000年に発行された『岩井俊雄の仕事と周辺』にも、彼の所有している最終版開発ROMのものと思われる画像がいくつか掲載されていた。




<アート性が高い評されている作品たち>

 結局のことろ、ふたりの天才をもってしても、ゲーム性とアート性が奏でるハーモニーは不協和音に終わったわけだが、それはあまりにも早すぎる挑戦だった故か、それともただのアイデア倒れだったのか……

 ひとつだけ確実なことが言えるとしたら、『サウンドファンタジー』の不発以降、次世代を象徴するゲーム機の登場によってゲーム性とアート性の両立を果たしたような奇作・怪作・傑作が、次々と世に放たれるようになったということだ。

 『サウンドファンタジー』の位置づけを見定める上で、そういった流れも押さえておくに越したことはないだろう。以下、マルチメディア時代にリリースされた「アート性が高い」と評されている作品たちを見て行くことにする。

L.S.D 『L.S.D』(アスミック・エース/1998)

 開発はアウトサイドディレクターズカンパニー。「ドリームエミュレーター」というジャンルを標榜する怪作。帯に謳われるキャッチフレーズ「こんなのゲームじゃない」に違わず、スコアやクリアといった概念がなく、なんなら目的もゲームオーバーも存在しない作品。
 主人公は3D視点で夢の中を彷徨う。最初はごく普通だった建物や町並も、プレイ日数を重ねるごとに変化していき、奇怪なキャラクタやオブジェがあふれるサイケデリックな世界と変貌していく。何かのきっかけでワープしたり、意味不明な実写ムービーが流れることもあるが、プレイヤーがそれを制御することはできない。プレイヤーはあくまでもただ夢を見ているだけの存在だからだ。
 そのぶっ飛んだ内容には賛否両論あるが、現在、完品には数万円のプレミアが付いている。

DEPTH 『DEPTH』(SCE/1998)

 開発はオーパス・スタジオ。「SweepStation」シリーズ第1作目。海洋探索ゲーム『アクアノートの休日』に似た雰囲気を持つが、こちらはテクノミュージックのようなBGMに乗せて、イルカのようなキャラクタを操り、海中のような場所を彷徨いながら、音を集めるゲームである。スコアやクリアとった概念はない。集めた音は、エディット機能で好きに組み合わせ録音、再生ができ、イルカを操ってアドリブ演奏のようなこともできるので、そういった意味では楽器のような側面が強い作品だ。当時としてはグラフィックやサウンドの完成度が高いと評価されている。ただしAmazonでは1円から売っている模様。
 ちなみにシリーズ第2作目はクソゲー(自称)の『グルーヴ地獄V』。

ビブリボン 『ビブリボン』(SCE/1999)

 『パラッパラッパー』で知られる七音社が開発。黒地に白のへたうま風ワイヤーフレームで描かれたステージに現れる障害物を、うさぎのキャラクターを操作して回避していくゲーム。システム的には流れてくるオブジェクトに合わせて特定ボタンを押すタイプの音ゲーである。また、用意されたBGMの他、手持ちの音楽CDを再生しながらプレイすることも可。逆に本作を音楽CDとして再生することもできる。
 特筆点として、このソフトがMoMA(ニューヨーク近代美術館)に現代アート作品としてコレクションされていることが挙げられる。つまり本作は、その道の権威が認めたアート作品なのである。

Rez 『Rez』(セガ/2001)

 開発はユナイテッド・ゲーム・アーティスツ。元セガの水口哲也氏のプロデュース作品でありドリームキャスト版とPS2版が同時にリリースされた。
 近未来的ワイヤーフレームで描かれた独特の世界の中で、トランス系のBGMにあわせて、自機を操作し敵を破壊していくシューティングゲーム。敵の破壊音やワープ移動などが、すべてBGMと連動しており、まるで聴覚と視覚が一体化するような共感覚を味わうことができる。その芸術性が高く評価されている本作であるが、ボム的アイテムや、ステージボスの存在など、シューティングゲーム要素の割合は高く、水口自身も「芸術作品をつくっているつもりはない」と公言している。


 これらの作品の多くは「ゲーム性とアート性の融合」を目指していたというよりも、マルチメディア時代がもたらした様々な可能性を、ゲーム的なアプローチによって実現させたことによって、結果的にゲーム性とアート性が融合しているように見える作品と表現したほうが近いと思われる。

 その点があくまでメディアアート的アプローチにこだわった岩井作品との違いである。


 ※ もちろん『サウンドファンタジー』とこれらの作品とでは、そもそもコンセプトが違うということは承知の上で比較している。




<ゲーム性とアート性は両立するのか?>

 最後に、メディアアーティスト岩井俊雄が満を持して世に送り出した『エレクトロプランクトン』の内容から推測する『サウンドファンタジー』発売中止の原因と、ゲーム性とアート性の両立について指摘しておきたい。

ELECTROPLANKTON エレクトロプランクトン 『エレクトロプランクトン』(任天堂/2005)

 スコア・クリア・目的といったものはいっさい存在しないニンテンドーDS専用ソフト。10種類の電子プランクトンがタッチペンの動きやマイクの音声に反応して、それぞれのステージに合わせた様々なリアクションをするという、岩井俊雄が満を持して発表した、音と映像のメディアアート作品である。より音を楽しめるために、パッケージにはオリジナルヘッドフォンが同梱されていた。
 拍子と音色が絶妙に視角化された「ルミナリア」は秀逸。


 動画を見てもわかる通り『サウンドファンタジー』の面影はないが、むしろ、没入性の高いハンドヘルド型、そして直感的な操作が容易なタッチペン入力というDSの強みが、岩井の目指すメディアアート作品の方向性と非常にマッチしており、彼の実現したかったことを、SFC時代よりも数段高い次元へ昇華させた作品のようにも見える。
 そう考えると、『サウンドファンタジー』が発売中止となった原因は、早すぎたのではなく、単純にSFCとの相性が悪かっただけのように思えるのだ。

 ただし芸術性が高い作品が、必ずしも商業的に成功するわけではない。『エレクトロプランクトン』もまた、その完成度のわりにヒットしたとは言いがたい作品だった。

 それはビデオゲーム以前から存在した映画・漫画・アニメといったメディア作品が通って来た道でなのかもしれない。『Rez』の寸評の中でも少し述べたが、ことさらゲームに対する「芸術的」という評価は、前衛的すぎる作品、あるいは、商業的に失敗した作品に対するエクスキューズ的な意味合いで使用されることが多かったため、ほとんどのゲームクリエイターはこの言葉を歓迎していないのだ。故に、彼らはゲーム的アプローチに固執しているとも言えるであろう。

 あるいは盲信しているのかもしれない。なぜなら我々も信じているのだ。その異常なまでの全能性と、とてつもない発展力でもって、ゲームは簡単にアートを飲み込むことができるということを。しかしそれはアートも同じことだ。アートもまた、簡単にゲームを飲み込むことができるくらい異常なまでに「何でもあり」で、とてつもない勢いであらゆるものを内包して来た。
 つまり、両者は最初から融合などしないのだ。両立などありえない。そこには、どちらかがどちらかを飲み込むことでしかお互いの存在を認め合えないという排他律しかないからだ。そう考えると『サウンドファンタジー』もゲームの土俵に立っていた時点でゲームでしかなかった。かつ、それで十分だったのだ。任天堂が求めたものは「そういうこと」だったのではあるまいか……

 いずれにせよ『サウンドファンタジー』はゲーム史の徒花などではない。それはゲームとアートの排他律という難敵に挑んだ、一人のメディアアーティストの戦いの記録である。我々はこの貴重な「枯れた技術」がいつまでも保存されていくことを願うのだ。

(終)

幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語
第1章 歴史に埋もれた幻のSFCソフト
第2章 あくまでも目指したメディアアート作品
第3章 ゲーム性とアート性は両立するのか?






<参考文献>
『オトッキー』説明書(アスキー/1987)
『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000)
『アイデアはどこからやってくる? (14歳の世渡り術) 』 (河出書房新社/ 2010)

<参照リンク>
岩井氏、岩田氏、宮本氏が『エレクトロプランクトン』を語る!(ファミ通)より
Sound Fantasy(BS-X Project)
Portrait of the Artist as a Young Geek (wired)

<参照動画>
SNES Sound Factory (JP Sound Fantasy)(youtube)
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[ 2017/06/29 03:32 ] SFC・64 | コメント(0)
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幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語 (2/3)


<あくまでも目指したメディアアート作品>
 
 当時、バリバリのメディアアーティストだった岩井俊雄(敬称略)はこのソフトを、あくまでも「ミュージックインセクト」の延長線上にあるメディアアート作品として制作していた。

 しかしあるとき、任天堂側から「もっとゲーム要素を入れてほしい」と要求され、彼はキャラクターをただのドットから、虫のような姿にすることで最大限の譲歩をした。

soundfantasy9.jpg
 ※画像:「ピクセル・カルテット」 SNES Sound Factory (JP Sound Fantasy)

 ゲーム性を要求する任天堂とゲーム性を排除したい岩井敏雄。その温度差は彼をひたすら消耗させていったことだろう。
 しかし任天堂の要求は止まらなかった。悩んだ末、岩井は「ピクセル・カルテット(ミュージックインセクト)」の他に、別の音楽ゲームを追加するという苦肉の策を思いつく。まず最初は「ビート・ホッパー」という、ブロックを何度か踏んで消していくモードを追加した。続いて任天堂側のプロデューサーが「アイス・スイーパー」というブロック崩しのようなモードをねじ込んだ。

 やがて発売日が1994年8月27日に決まった。

 岩井はどうしてもメディアアート的要素を濃くしたかったので最後に「スター・フライ」という星を配置して演奏させるモード(これは一度ボツになっている)を追加した。それは彼の意地だったに違いない。

 かくして、ついに……
 スーパーファミコンマウス専用ソフト『サウンドファンタジー』は完成したのだ。




<任天堂のビジネス的決断>

 しかしそれは突然やってきた。
 彼はそのときの様子をこう振り返る。

 1年以上かけて完成させ、『サウンドファンタジー』というタイトルでパッケージデザインやコマーシャル制作も進んでいたのだが、急になぜか任天堂が発売を中止し、残念ながら幻のゲームソフトになってしまった。

 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) サウンドファンタジーより 

 驚くべきことに作品が完成して、あとは売るだけの状態だったのにも関わらず、任天堂から告げられたのは「発売中止」という決断だったのだ。

soundfantasy2.jpg
 ※画像:「ビート・ホッパー」 SNES Sound Factory (JP Sound Fantasy)

 岩井は2006年、wiredマガジンの取材に対し「当時の任天堂は時勢を鑑みて、アートよりもアクションを重視したんじゃないか」と述べている。※出典




<2大キーマンが語る発売中止の真相>
 
 『サウンドファンタジー』発売中止の理由について、妥協のないスタイル(ちゃぶ台返し)で知られる宮本茂(敬称略)は、以下のように言及している。

 以前、『サウンドファンタジー』をやられているときに、任天堂もこういうもんを作るんやったら俺にも未来はあるなあ、とすごく期待してたんです。それがだんだんビジネスのほうで考えるようになって、「もっとゲームじゃなければ売れないだろう」と。それでゲームに歩み寄るうちに、"触ってるだけでうれしい"という岩井作品らしさがだんだん弱っていくような感じがしてました。

 出典:岩井氏、岩田氏、宮本氏が『エレクトロプランクトン』を語る!(ファミ通)より

 ゲーム要素を増やせと要求しておきながら(要求したのは彼ではないかもしれないが)、いざそうすると「らしくない」とは、なかなかデレないツンデレである。

 そんな無念が2005年4月――
 DS版『エレクトロプランクトン』で結実したと言ったら、この物語はハッピーエンドだったのかもしれないが……

erepura0.jpg
 ※こちらは今回の記事のためにオロチが入手した『エレクトロプランクトン』。しかしDS本体を持ってないためプレイすることができない。

 その点について任天堂の故・岩田聡社長(当時)が以下のように語っているので引用してみよう。

 ご褒美の返しかたはいろいろあるんですが、例えば泣かせるストーリーであったり、CGムービーの豪華な映像であったり。岩井さんの場合は、音と光りを返すタイミングとセンスだけで勝負してる。(中略)
  『エレクトロプランクトン』は、触る人の好奇心の大きさによってすごくおもしろいものになったり、逆につまらないものになったりする作品だと思います。(中略)本当にこれは、"好奇心測定装置"だなと思いました。

 出典:岩井氏、岩田氏、宮本氏が『エレクトロプランクトン』を語る!(ファミ通)より

 そもそも好奇心旺盛なひとは、どんなゲームでも楽しめるのではないだろうか。


 ※ちなみに岩井は、これに先駆けて1996年3月27日にパソコン用ソフト「SimTunes」をリリース。『サウンドファクトリー』の要素の多くは、むしろこちらへ引き継がれていた。




<天才・ゲーム開発者との共通点>

 さて話を幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』に戻そう。

 前段であえて名前を伏せていたが、実は、このソフトのプロデューサーはあの横井軍平(敬称略)だった。彼は任天堂がまだゲーム会社ではなかった時代から、ウルトラハンド、ラブテスターといったヒット商品を連発。自らのものづくり哲学を「枯れた技術の水平思考」と呼び、その後もゲーム&ウオッチ、ゲームボーイなどのゲーム機などを次々に生み出した凄腕の開発者である。

 岩井は彼の印象を自身の著書のなかでこう語っていた。

 はじめてプレゼンに行ったとき、僕の「ミュージックインセクト」を見て「これは水琴窟やね」と言ったおじさんがいてびっくりしました。(中略)
 僕の作るものが、作曲というより、音と純粋に戯れるものだとすぐに見抜いて、そういうコメントをしたのだろう。

 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) サウンドファンタジーより 

 そんな横井が任天堂を退社したのは1996年8月15日だった。岩井は以下のように綴っている。

  『サウンドファンタジー:』完成後しばらくして、横井さんは長年勤めた任天堂を突如辞めて、周囲を驚かせたりもした。(中略)
 亡くなったあと出版された本などで、横井さんのつくってきたオモチャの全貌を知ったり、インタビューを読んだら、そのアイデアや考え方にものすごく共感を覚えた。
 僕の仕事は、アートよりもずっと、横井さんがやってきた仕事に近いんじゃないかなって思えたりした。

 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) サウンドファンタジーより 

 岩井と横井との共通点については、2010に出版された彼の著書にも見出すことができる。

アイデアはどこからやってくる? (14歳の世渡り術)
『アイデアはどこからやってくる? (14歳の世渡り術) 』 (河出書房新社/ 2010)

 岩井はこの著書の中で「アイデアは歴史の中に埋もれている」とし、見向きもされなくなった過去の技術を活用した事例などを挙げていたのだ。まさに「枯れた技術の水平思考」そのものである。しかし皮肉にも彼が横井との不思議なつながりを見出したとき、すでに『サウンドファンタジー』は未発売ソフトとして、お蔵入りになっていたのだった……


幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語
第1章 歴史に埋もれた幻のSFCソフト
第2章 あくまでも目指したメディアアート作品
第3章 ゲーム性とアート性は両立するのか?

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[ 2017/06/28 23:11 ] SFC・64 | コメント(0)
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幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語 (1/3)


< 歴史に埋もれた幻のSFCソフト>

 2015年4月――
 とある有志により突然、それは公開された。1994年に発売中止になったスーパーファミコン専用ソフト『サウンドファンタジー』である。

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 ※画像:タイトル画面 SNES Sound Factory (JP Sound Fantasy)


 その人物がこれをEbayからサルベージするのに約7000ドルも費やしたという。そんな貴重なプロトタイプ版のプレイ動画は、現在、Youtubeで拝見することができる。
 


 ご覧の通り、タイトルが「サウンドファクトリー音楽工房(仮称)」となっているところからも、このプロトタイプ版はまだ開発初期段階のものであることがわかる。果たしてこのソフトはどんな経緯で開発され、はたまた、どんな経緯で発売中止となったのだろうか?

 今回はそんな幻のSFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語である。




<マルチメディア時代の熱狂>

 あの頃はやっぱりおかしかったです。
 熱病のようでした。

 ※ほぼ日刊イトイ新聞「みんな大好きウゴウゴルーガ」より

 そう述懐するのは1992年から94年にかけて放送されていた伝説的子ども番組「ウゴウゴルーガ」のスタッフだった。

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 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) ウゴウゴルーガより 

 世はマルチメディア時代の到来期――
 マルチメディアという言葉があたかも「すべての希望」であるかのように叫ばれ、次世代を象徴するゲーム機として「3DO」「セガサターン」「プレイステーション」「PC-FX」が市場へ投入されようとしていたていた1990年代初頭。「ウゴウゴルーガ」は、そんな嵐の前の静けさならぬ、“嵐の前の熱狂”とも言える実験的番組だった。

 そこでCG及び、システムそのものを担当したのが岩井俊雄(敬称略)というメディアアーティストである。彼こそ、のちに『サウンドファンタジー』を手掛けることとなる人物であった。

 岩井の原点はパラパラ漫画だった。
 やがて学生時代にエレクトロニクスと出会った。
 まだ「メディアアート」などという言葉がなかった1980年代初頭から、彼はテレビモニタ、ビデオデッキ、コンピュータといったテクノロジーと融合したアート作品を次々と発表。その図抜けた先見性と、子どものような純粋性が生み出す独創的な作品は、徐々にワールドワイドな評価を獲得していった。




<メディアアートが直面した問題>

 岩井俊雄のテーマのひとつが「映像と音」だった。彼は著書のなかで以下のような趣意を語っている。

 もともと世界において
 映像と音は常に一緒に存在していたはずだ。
 人の話を聞くのにも
 相手の表情やしぐさが常にそこにあった。
 それが、19世紀の終わりに分断されてしまった。
 (中略)
 僕らは映像と音が別々であることに
 何の疑問も抱かなくなった。 

 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) 映像と音が一つに戻る時より 


 21世紀に突入すると岩井俊雄の活動はアート界のみならず、音楽、テレビ、ゲーム業界へと拡大していた。しかし彼は2008年「100かいだてのいえ」という絵本を発表して以来、メディアアーティストとしての目立った活動を止めてしまう。公式サイトも2011年で止まった。

 その理由のひとつとしてメディアアート作品の性質上の問題が指摘されている。彼は作品が世に残らないことを嘆いていたという。※出典

100かいだてのいえちか100かいだてのいえうみの100かいだてのいえ

 いわゆる保存問題だった。ゲームの保存問題が叫ばれている昨今であるが、メディアアートは10年も前にその問題と直面していたのだ。




<『オトッキー』がつないだ縁>

 そんな岩井が初めてゲーム開発に関わったのは1987年3月のこと――
 ファミコン黄金期、真っ只中。とある制作プロダクション会社がゲーム業界へ進出した際に声をかけられた。そのとき手掛けたのが、ファミコンディスクシステム用ソフト『オトッキー』である。

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 プロデューサーは当時、その会社に在籍していた石原恒和(敬称略)だった。あの、稀代のゲーム総覧本「テレビゲーム―電視遊戯大全」の作者であり、後に『ポケモン』の生みの親となった出色の人物だ。

 石原は岩井の大学の先輩だったのである。

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 ※オロチ所有『オトッキー』説明書より
  なぜかゴリ押しされていた小沢なつき。積極的に本名を公表していくスタイル。





<着想はゲームと楽器の親和性>

 『オトッキー』は音を題材としたシューティングゲームだった。岩井はこのゲームを着想したきっかけを以下のように語っている。

 僕は「スーパーマリオ」や「ゼビウス」などテレビゲームに夢中になった。(中略)そのうちBGMに合わせて弾を撃ったり、マリオをジャンプさせて音を出して遊んでみたりするうちに、ゲームをしながら楽器を演奏しているような気分になった。

 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000) オトッキーより 


 その後、彼は自らもプログラミングを憶え、サンフランシスコにへ飛んだ。そこで「ミュージックインセクト」(1992)というメディアアート作品を発表。

 それはモニタ画面にドットが動いており、絵を描くとそのドットが通った色に反応して様々な音を出すという作品だった。帰国後、彼は任天堂が「マリオペイント」というクリエイティブな作品をリリースしていたことを知る。

岩井俊雄の仕事と周辺 (Artist,Designer and Director SCAN)
 ※ 『岩井俊雄の仕事と周辺』(六曜社/2000)

 「ミュージックインセクト」にも可能性があるかもしれない……

 そう思った岩井は『オトッキー』で世話になった石原へ連絡を取り、京都までのチケットを2枚買った。かくして任天堂へのプレゼンは成功し、スーパーファミコンでのゲーム制作が始まったのだった。



幻の発売中止SFCソフト『サウンドファンタジー』をめぐる物語
第1章 歴史に埋もれた幻のSFCソフト
第2章 あくまでも目指したメディアアート作品
第3章 ゲーム性とアート性は両立するのか?

関連記事
[ 2017/06/28 22:56 ] SFC・64 | コメント(0)
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PCエンジン幻級ソフト『ハドソンコンピュータデザイナーズスクール卒業記念アルバム』の最終号が発掘される!!


 知る人ぞ知るPCエンジンの幻級ソフトであるハドソンコンピュータデザイナーズスクール(以下HCDS)『卒業記念アルバム』の平成6・7年度版が発掘された模様。

 平成6・7年度版は“最終号”とあるので、HCDS卒業記念アルバムは全4種類であることが判明した。

『平成3年度版』
『平成4年度版』
『平成5年度版』
『平成6・7年度版』


 これは間違いなくPCエンジン史に残る発見ですね……


20170627001316.jpg
 ※画像の使用許可を頂いています

『平成6・7年度 ハドソンコンピュータデザインスクール 卒業制作 最終号』を入手した(ど~もeagle0wlです(再))

 なんでも、当時の関係者から譲ってもらったとのこと。ただし卒業アルバムであるため、住所録がついていたので、それについては事前に抜いてもらったという。

20170627002650.png
 ※冒頭シーン「ドラッグ売りの少年」より

 記事では、そんな貴重なソフトのキャプチャー画像が惜しげもなく公開され、内容についても詳しく紹介されている。

 オーナーのeagle0wlさんによると、こちらのソフトを動作させるのにそうとう苦労したらしく、その原因はいわゆるCDの寿命問題だという。

 20170627031757.png
 ※卒業生が製作したSRPG『R 幻の軍勢』のワンシーンより

 PCエンジン CD-ROM2(1988年発売)のソフトは、すでに既に危険水域であり、とくに今回、入手したソフトはCD-Rに焼いたものだったため、非常に危うかったようだ。後半では、氏がこのソフトを起動させるまでの苦労エピソードがこと細かく展開されており、これはこれで勉強になります。


orotima-ku1.png当時の生々しい空気が伝わってくる第一級の資料ですね。
関連記事
[ 2017/06/28 00:37 ] レトロゲーム | コメント(6)
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