オロチのファミコン収集記 1


 ファミコンが発売されたころ、僕は小学2年生。運命は感じなかったけど、友達の家で初めてマリオブラザーズをやった瞬間は今でも憶えてる。もともと僕はスケート場とかデパートの屋上にドンキーコングなどのアーケードゲームの筐体があると、それをいつまでも眺めてられるような子供だったのだ。ゲームには興味があったらしい。

 そんな僕が親に、やっとファミコンを買ってもらったのは小学6年生のときで、カセットは高橋名人の冒険島だった。案の定やりすぎてすぐに取り上げられたけど、数日後、僕は母親の前で「あのころは楽しかったなあ」と、しみじみ涙を流し奪回に成功したというじゃないか。我ながら演技派だった思うよ。
 友達の中にはクリスマスにしかファミコンをやらせてもらえないって奴もいたけど、そいつはここぞとばかりに聖夜にドラクエをやってたなあ。去年やっとローラ姫を助けたって言ってたっけ。っていうか、いつまで禁止されとるんじゃ!まあウソだけどね。

 でもそんな僕も中学生になると勉強や部活や恋愛に追われるようになり、世間ではスーファミが出たって大騒ぎだったけど、田舎だったし、結局ディスクシステムも買ってもらえなかったし。僕の人生の中でもっともファミコンと疎遠だった時代かな。

 ところがどっこい高校生になったら毎日狂ったように任天堂のサッカーをやるようになったのだ。なんか壮絶な失恋でもしたんだろうか。(してねえよ!)それぞれのチームの選手に名前をつけて、毎日トーナメントを開き、結果をノートにまとめてたっけ。あのゲームは対戦チームが選べないから、目当てのチームが出るまで何度もリセットを押し・・・あー暗っ!でも待ってくれ。世は少年ジャンプ全盛期。何でもトーナメントで解決できた時代だったのだ。僕だけじゃないぞ!

 しかし男子校ってやつは男子が極端に2種類に別れるね。毎日コンパしまくってる遊び人グループと、毎日ゲーセンに通ってるオタクグループだ。僕はどっちのグループにも顔が効くような、悪く言えば中途半端な奴だった。コンパでいい思いしたことはほとんどなかったし、かといって当時ブームだった格ゲーで連勝することもほとんどなかった。テトリスだけは超人的に上手かったけどね。そして見事なまでにゆっくりと、そして確実に、後者のグループに落ち着いていったのである。ヴォーカルが絶叫するだけのアングラなバンドなんか結成したりして、ますますモテない方向へ・・・元気出して。

 それはさておき、任天堂のサッカーはどのチームを選ぼうがステータス的には何もかわらず、各選手の区別すらない。そんなゲームだって、手前の想像力と技術だけで、ゲーム性、グラフィック、やりこみ度を何倍にもできた。少なくとも僕にとってゲームとは、そういうものだったのだ。そういう時代だった。僕だけじゃないぞ!

 だけど夢にも思わなかったな。ファミコンを集めようだなんて・・・

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ここにコメントしちゃっていいのかな?
やっぱり面白い文章を書くのが得意なんですね。
前にリトルジョンかなんかオロチさんの創作読んじゃったけど普通に読めたもの。
僕もやっぱり小学生の時分にファミコンを取り上げられまして、必死で家中を探しました。どこ探してもないから台所の下まで。
って流石にそんなとこ隠すかよ!!
そこ開けたらファミコンがあると思ったのかアホガキが!!
って感じだったでしょうね。横目で呆れて見てた親も…。
続き期待しています。
5. [ 2007/06/12 19:42 ] [ 編集 ]
リトルジョンですか、読んでいただいて光栄です。あれは書いた本人もあんまり理解できない作品です(笑
ブログの話ですけど、前回「ファミコンメーカーは今!?」のとき、立て続けに書いちゃって、読んでる人もしんどいかなあと思ったので、今回は小ネタを挟みつつ行きたいと思ってます。ただし今回のは完結しないかも・・・。だってまだ収集中なんですもん。
6. [ 2007/06/13 00:41 ] [ 編集 ]
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