オロチのファミコン収集記 4


 時代はどこまでも僕たちの味方だった。いわゆるファミコン氷河期というやつだ。レンタルビデオ屋やディスカウントショップでファミコンが捨て値で売られていた時代である。ワゴンに山積みだ。箱説で100円200円は当たり前。中には80円や50円ってのもあったぞ。プレミアのプの字もなかったもんだから、選びたい放題の買いたい放題。店員さんに不審がられることなどお構いなし。両手で抱えきれないほどのファミカセをレジに持って行くと5000円でおつりが来た。

 3年生になった僕は大学へ車で行くようになっていたのだが、週2日しか通ってなかった。でも(ギリギリだったけど)ちゃんと卒業できたんだぞ。どういうことかと言うと、こういうことだ。

【月曜】 自宅 ─(2時間)→ 大学 ─(5分)→ 友人の下宿先
【火曜】 下宿先 ─(5分)→ 大学 ─(10時間)→ 自宅
【水曜】 <休>
【木曜】 自宅 ─(2時間)→ 大学 ─(5分)→ 友人の下宿先
【金曜】 下宿先 ─(5分)→ 大学 ─(10時間)→ 自宅
【土曜】 <休>
【日曜】 <休>

 まあこんな具合で、自宅から大学へいくのは週2日である。さてこの図でいくと自宅から大学までは2時間。そして帰りは10時間ってことになってるね。どうだ訳がわからんだろう。でも答えは簡単だ。恐ろしく時間をもてあましていた僕は県内中のあらゆる市町村をまわり、ファミコンが売ってそうなお店を探しながら帰っていたのである。おかげで大学から自宅までのルートを1000通りは知ってるぞ。ときには三河の山奥に迷い込み、半泣きになったこともあった。(アホだ・・・)

 僕は高校が名古屋で、元々市内の店をいくつか知っていたから、まずは名古屋市内をぐるぐるまわった。吹上のVISCO、本山のキンキーハウス、大須のドルフィン、今池のまんが道など。どの店も高校時代から何度か足を運んでいた思い出の店だ。
 そして名古屋市外も積極的にまわった。知多巽ヶ丘駅近くのプラモデル屋、碧南中央駅近くの中古ソフト屋。刈谷高校近くのゲーム屋、瀬戸商店街のゲーム屋、その他、安城、豊田、豊橋、大府、半田、常滑、長久手、小牧、春日井などににあった玩具屋さん。

 今でもすべてのお店を思い出すことができる。昨日のことのようにね・・・
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