「ワンダースワン」開発には任天堂山内溥氏のアドバイスがあった!?


 「ワンダースワン」に関してエピソードが紹介されていました。

ワンダースワンを開発した時の述べた任天堂の山内溥のやさしいお言葉(まこなこ)

 「ワンダースワン」はかつて1999年3月にバンダイより発売された携帯ゲーム機。「ゲームボーイ」の生みの親である横井軍平氏が開発に関わったことでも有名だ。そのころ横井氏は「自分のやりたいことをやる」と言って任天堂を退社し、別の会社を立ち上げていたのだった。
 しかし結局は「ワンダースワン」の発売を待たずにこの世を去ってしまったとか……

 ちなみに「ゲームボーイ」が発売されたのは1989年。「ワンダースワン」よりも10年も前のことだった。しかし当時「ワンダースワン」を開発していたバンダイは、電池の持ちなどを考慮してあえて「ゲームボーイ」と同じ、白黒画面で発売しようとしていた。


 そんな中、バンダイの社長だった大下聡氏が、新しく携帯ゲーム機を発売するということで、任天堂の社長だった山内溥氏を訪ねたそうだ。

 日本産業新聞2012年8月20日付の記事で、そのときの様子がつづられていたそうな。


 山内氏は、大下氏にいったい何を言ったのか……
 詳しくはリンク先へどうぞ。


 結局「ワンダースワン」は白黒画面で発売されたが、そのころは「ゲームボーイカラー」が1998年10月に、「ネオジオポケットカラー」がほぼ同時期に発売されていたため、いまさら感は否めず、翌年の2000年12月には「ワンダースワンカラー」を出すこととなる。

 そんな「ワンダースワンカラー」はスクウェアの参戦などで一時期、話題となったが、4ヵ月後の2001年3月に発売された「ゲームボーイアドバンス」にすべて持っていかれた格好となり、そのまま市場から消えていった。


 もし「ワンダースワン」が最初からカラーで発売されていたなら……

 そんなことを思わせるエピソードでした。





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[ 2012/09/25 02:51 ] ゲーム業界 | コメント(0)
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